拗らせ片恋を及川が捕まえてくれた話

 及川透は観賞用。恋愛対象としては最初から論外で絶対好きにならない方がいい。ましてや付き合いたいなんて思わない方が幸せだと自分に何度も言い聞かせて三年目。自分でも認めたくない恋心を必死に押さえ込んできたのに、なんでこいつは簡単にその決意をぶち壊しにくるんだろう。
 
「俺、ミョウジさんの事が好きなんだよね」

 人の気持ちも知らないで、及川がふわりと笑った。いつものふざけたような笑顔じゃない、どこか子供みたいな真っ直ぐな瞳。正面から見つめられて、思わず目が逸らせない。それでも喉まで出かかった言葉を飲み込んで、本音とは全然違う言葉を口にしたのは半分意地だった。

「……ノート、写す気ないなら返して」
「え、無視?今、告白したんだけど」

 英語の授業に居眠りしていた及川がノートを写させてと泣きつくから居残りに付き合っていたのに、どうしてこんな事になったんだろう。

「帰る」

 机の上に広げていたノートを奪って立ちあがろうとすれば、大きな手に手首を掴まれる。机の上に縫い付けられたみたいに動かせなくて、振り払おうとしても離してはくれない。

「及川、手離して」
「ミョウジが座って、俺と向き合ってくれるなら離す」

 いつもの軽い呼び方をやめて、急に本気なトーンで喋るの本当にやめて欲しい。いつもなら無駄にキラキラする瞳で人を見下ろして、ヘラヘラと笑うくせに。
 私の右手を掴んだ及川は椅子に座ったまま、一歩も動かない。立ち上がった私を見上げて、痛いぐらいの強さで手首を掴む。真っ直ぐな視線に射抜かれれば抑えきれない感情に心臓が跳ねた。
 及川の真っ直ぐな視線に射抜かれて、体が震える。サーブを打つ時に正面を見据える、あのまっすぐな眼差しとよく似ていた。1番、大好きだと思うあの瞬間を彷彿とさせる空気感。肌をピリピリと刺激する緊張感で張り詰めた空間に呼吸の自由すら奪われる気がした。勝てる気がしない、と溜息をつけば及川の視線が一瞬揺らぐ。

「……座るから、手を離して」
「離しても逃げない?」
「……多分」

 本音を言えば今すぐに逃げ出したい。及川に向ける私の馬鹿みたいに大きくて拗れた感情なんて知られたくないし、気づかれたくはない。
 及川の真っ直ぐな視線から逃げるように視線を伏せれば掴まれた手首がゆっくりと解放された。自分が離して、と言ったくせに及川の温度が消えていくのが寂しくて、思わず手を伸ばしてしまったのは無意識。あぁ、だから観賞用のままでいてくれたら良かったのに。
 絡んだ指先に一瞬、及川の指先が震えた。何か言いたそうに何度か口を開きかけていたけれど、結局及川は何も言わなかった。
 ただ、無言で私の手を握りながら反応を確認するみたいに指先に触れる。大きな手は想像していたよりも分厚くて硬い。長い指先は優しく私の掌を撫ぜるとゆっくりと指を開かせて、滑り込んでくる。恋人みたいな絡め方に体中が熱くなって、耳まで赤くなるのがわかった。

「……ごめん、やっぱり離したくないかも」

 今までで1番近い距離で情けない声を上げた及川につられて顔を上げれば、見たことがないような情けない顔。口をへの字に曲げて、繋いだ手を赤い顔で見つめていた。

「ミョウジ、俺の事キライ?」

 懇願するような声で名前を呼ばれて、3年間ひた隠しにしてきた感情が引き摺り出される。

「……俺、ずっとミョウジの事好きだったから」

 くらりとする様な甘い声は人の気持ちも知らないで、必死に押さえてきた感情を揺り動かしてくる。大きな手は向けられた感情が嘘ではないとばかりに熱を伝えてきて、そのまま心臓まで鷲掴みにされている様で。

「……私の方がもう、ずっと前から及川の事好きだったよ」

 入学式の日、優しい笑顔に一目惚れ。そこからずるずると沼に引きずり込まれるように恋に落ちた私が必死に抗おうとした感情が及川と交わる日が来るなんて想像もしていなかった。握られた手はもう離せないぐらい、本当は嬉しくて、泣きたいぐらい幸せで。震える声もポロポロと溢れる涙はもう、嘘はつけそうもない。

「……ミョウジ、それ本当に?」

 繋いだ手にぎゅっと力がこもって引き寄せられて、コツンと触れた額が熱いのはどちらの熱情だろう。やばい、嬉しくてオレも泣きそう、と言ったきり及川は黙ってしまって。震える指先が溢れ続ける涙に触れてくれなかったら、この幸せな現実を信じられなかったかもしれない。

 観賞用、なんて真っ赤な嘘。本当は及川透が好きで、好きで、大好きで。
 みんなに向ける笑顔を独り占めしたくて、触れたくて堪らなかった、と涙が止まったら言葉にしたいと心の底から思ったのは、及川の半泣きの顔が愛おしくて堪らなかったから。
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