高校生真波と初ちゅー

「ナマエちゃんってさ、よくオレの服掴んでるよね」

 柔らかい笑顔を向けられて思わず自分の指先に視線を向ければ、掴んでいたのは真波君のブレザーの袖。隣を歩く彼は、いつもふらふらと何処かへ行ってしまうから無意識に始めた癖だった。

「だって、真波君がすぐにいなくなるから」
「そうかなぁ。あ、ナマエちゃん見て。猫がいる」

 ぱっと浮かんだ笑顔と共に翻るブレザー。一瞬で離れた指先を寂しく思えば、解けた指先は真波君が掴んでくれた。きゅっと、握られた手を勢いよく引かれて、半ば前のめりに駆け出す。

「ほら、黒猫。可愛い」

 へらり、と緩んだ優しい笑顔。とろける笑顔は黒猫に向いていて、いつの間にか繋いだ手は解かれてしまった。私の手を離した真波君の両手は、黒猫に差し出される。
 おいで、なんて優しい声で黒猫に呼びかける真波君。しゃがみ込んで、ふわふわと髪の毛を揺らしながら黒猫を呼ぶと、小さく鳴いて擦り寄ってきた。

「この子、可愛いんだよ。とっても甘え上手」

 真波君の手は見た目よりもゴツゴツしていて、触ると掌は硬い。分厚くて、見た目の柔らかい印象からはびっくりするぐらい逞しい。何度も豆が潰れて硬くなったんだよ、なんてへらりと笑う顔は、宿題を忘れて誤魔化す時と同じ顔をしていた。
 
「……可愛い」

 真波君の膝の上で気持ちよさそうに撫ぜられている背中にそっと手を伸ばす。黒いビロードみたいな毛並みは柔らかくて、気持ちがいい。
 思わず何度も首筋から背中にかけて、毛並みを撫ぜれば黒猫は一声鳴くと真波君の膝から、私の膝へと飛び移る。思わずびっくりして、尻餅をついたら真波君が「可愛い」なんて、的外れな事を言いながら笑った。

「ほら、ナマエちゃんにもっと撫ぜて欲しいって言ってるよ?」

 ニャア、と真波君に賛同するみたいに一声鳴いて、擦り寄る黒猫に手を伸ばす。温かくて、気持ちが良くて、柔らかい、しなやかな体。顎の下をくすぐるみたいに指を伸ばせば、甘えるみたいにゴロゴロと喉を鳴らす。

「……真波君、何してるの?」
「え?猫と仲良くしてるナマエちゃんが可愛いなーと思って」

 真波君の両手はなぜか私に伸びていて。最初は髪を撫ぜていただけだったけれど、段々と頬に触れたり、耳に触れたり、私が猫を触れるみたいに両手で触れる。
 思わず真波君の手に困惑して、撫ぜる手を止めれば猫は不満そうに膝の上で鳴くから、動けない。

「ナマエちゃん、顔真っ赤。可愛い」
「ちょっと、真波君」

 くすぐったい、と首をすくめれば真波君は目を輝かせて笑う。私の反応を楽しむみたいに、からかうみたいに大きな手がゆっくりと肌を滑る。顎の下から首にかけて真波君の指が滑った瞬間、思わず恥ずかしくて、真波君の手首を掴んだ。急に立ち上がりかけたから、猫はびっくりしたのか飛び上がると、軽やかに膝の上から飛び降りて走り去ってしまった。

「あーあ、逃げちゃった」
「真波君!触り過ぎ」
「え?オレは触ってないよ。ナマエちゃんが触ってたでしょ?」
「猫じゃなくて、その……私に触り過ぎ」

 真波君の右手は私の頬に。左手は私の右手をいつの間にか捕まえて、硬い指先がゆっくりと手の甲を撫ぜる。

「あ、ごめん。触られるの嫌?」

 真波君の言葉はいつも、まっすぐで。告白してくれた時と同じ様にまっすぐな目をして明確な好意がぶつかってくる。嫌なわけないよ、と消えそうな声で呟くのが精一杯なのは、きっと私に自信がないからだ。
 
「ナマエちゃん、もっと言いたい事言ってくれたら良いのに」

 真波君の手が私のをフニャフニャと柔らかく握る。優しく、大切そうに触れてくれる暖かくて大きな手。頬を撫ぜる掌は、もっと優しくて時々揶揄うみたいに頬をつつく。

「オレ、あんまり察してあげるとか上手くないから、言いたい事言って?袖掴むのが好きなのかなーと思ってたけど、オレは手を繋いでくれたら良いのになーとか思ってた」

 ブレザーの裾とか袖とか、ちょっとだけ掴んでるのも可愛くて好きだけど、と真波君は目を細めて笑う。真波君の優しい声と柔らかい笑顔は、ずっと憧れていた大好きな姿。

「……うん。本当は手が繋ぎたかった」
「そっか。じゃあ、次からはそうしよ?」

 言葉通りにぎゅっと繋がれた手。あとは?と首を傾げて顔を覗き込まれれば、思わず胸がぎゅっと締め付けられる。

「真波君は?」
「ん?」
「真波君は、何か言わずに我慢してる事とか……ある?」

 一瞬、真波君は黙ったけれど。あるよ、とニッコリ笑うと不意に私の顔を覗き込んだ。綺麗な瞳の色に吸い込まれそうで、見つめ合った瞬間に軽いリップ音と共に一瞬だけ、掠める様に触れた唇。
 触れたか、触れないか、わからないぐらいに掠めた感触に思わず絡めた指に力がこもる。

「ナマエちゃんにキスしたいなーって、ずっと思ってた」

 照れくさそうに笑った顔で「急にごめんね」って、眉尻を下げる。甘えるみたいな、恥ずかしそうな真波君の表情に、思わず繋いだ指先を引き寄せてしまった。
 チャイムの音が聞こえて、走らないと授業に間に合わないのはわかっていたのに。

「もう1回、キスして?」

 ドキドキして高鳴る鼓動をぎゅっと飲み込んで、思わず願った言葉。言い終わるか、終わらないか、わからないタイミングで引き寄せられた体は、真波君にぎゅっと強く抱きしめられる。
 いつも、ふにゃふにゃと柔らかく笑う真波君の目元は真剣で目が離せない。重なる唇の熱に頭の中は真っ白になったけれど、もう何も考えられないくらい、甘くて優しいキスに酔ってしまう。
 何処かへ、ふわりと飛んでいきそうな真波君。けれど、抱きしめられた腕の強さに、もう何処へも行けないのは自分の方かもしれない、なんてぼんやりと思った。
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