社畜は同期手嶋純太に癒される


 毎朝の日課は転職サイトを見ながらの通勤から始まる。もう辞めよう、次の給料日が来たら上司に辞職の話をしよう。そんな事を思いながら、もう何ヶ月経っただろう。新しく買った走れるパンプスも足がむくんでいたら意味がない。疲れがとれない体を引きずりながら会社に向かえば、後ろから走ってきたロードバイクに軽やかに追い抜かれた。緑と黒のキレイな車体に柔らかいウェーブの髪。通り過ぎたくせに、振り返って足を止めたのは同期の手嶋純太だった。

「今日もちゃんと来てんじゃん。えらい、えらい」
「そっちこそ、毎朝よく自転車で通勤できるよね」
「いやいや、満員電車に毎日懲りずに乗る奴の気がしれねーわ」

 走って追いかける気力はない。スーツ姿にロードバイクで出勤する手嶋がご丁寧に足を止めて待っているのは分かっていても、走れる体力はない。

「今日は定時で帰ろうぜ」
「毎朝、同じ会話してるけど帰れた事はないよね」
「バカ、気持ちが大事なんだよ。こういうのはさ」

 乾いた笑いを浮かべる手嶋の顔もどこか疲れているくせに、目は輝いていて羨ましいような、悔しいような。疲れた足を少しだけ早めて隣に並べば、手嶋はゆっくりと歩き出す。駅から会社まで歩いて十分の道のりを並んで出社するのは何度目だろう。時々、こうして鉢合わせると一緒に出勤しながら、お互いの近況報告をする。一人、また一人と脱落していく同期を見てきた結果、手嶋とは戦友のような関係になっていた。

「焼き鳥食べたい」
「朝から欲望に忠実だな」

 駅前の看板を見て思わず無意識に呟けば、手嶋が苦笑いを浮かべる。

「あー、オレも焼き鳥食べたくなってきたわ。帰り、寄ってく?」

 欠伸を1つ噛み殺しながら、手嶋がニヤッと口角を上げたから力強く同意する。口の中はもう準備万端。帰りの楽しみが増えたから、今日も一日頑張れると自分に言い聞かせる。

「……仕事が嫌なわけじゃないんだけどね」
「わかる。やり甲斐はあるんだよな」

 でも、人がいないんだよなぁと眉を下げて笑う手嶋は人当たりも良くて、仕事を覚えるのが早い。どうやって覚えているんだろうとこっそりコツを聞いたらノートにびっしりとメモがとってあって、努力家なのだと知った。
「オレは凡人だから」なんて、手嶋は笑うけど、頭が良くてコミュニケーションスキルが高いのは持って生まれた才能で。忙しい職場に手嶋みたいな人がいるだけで、雰囲気は違う。
 毎朝、転職サイトを見ながら通勤するくせに辞表を書かないのは、このまま辞めたら逃げてるみたいで癪に障るのと、仕事自体が嫌いなわけじゃないこと。あとは、この自称凡人が頑張る姿を見ていると負けたくないって思えるからだと思う。

「じゃあ、定時に上がるってことで。もし、終わらなくても連絡いれるよ」
「よし。楽しみが出来たから今日も一日働くか!」

 手嶋のキレイに磨かれたロードバイクを停めて、二人並んで戦場へと向かう。首から下げるのは、お揃いの社畜の証。

 「ミョウジに会うと、朝からやる気になるわー。ありがとな」

 エレベーターを先に降りる手嶋から不意打ちの極上の笑顔を向けられて、軽く叩かれた肩がじんわりと熱を持つ。一瞬の反応が出来なくて、閉まったエレベーターの中で頬が赤くなるのを感じた。今日は何がなんでも定時で仕事を終えようと心に誓う。手嶋の元気な笑顔と明るい声を思い出して、今日も一日頑張ろうと思った私は多分、まだまだ頑張れるような気がした。
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