荒北くんにチャン付けで呼んで欲しい
「いいなぁ。全国のアキちゃんとフクちゃんは」
私もアキとフクの二文字が名前のどこかに入ってたら良かったのに。そんなどうにも出来ない愚痴を隣の席の新開君にぶつければ、一瞬ポカンと口を開けて次の瞬間には笑いを堪えきれずに吹き出していた。
「ミョウジ、急にどうした」
「前からずっと思ってたの。私だって荒北君に、チャン付けで呼んでほしい……!」
だって、彼女だから。
まだ一ヶ月しか経ってないし、彼女らしいこと何にもしてないけど、私は荒北君の彼女だから。
「いいなぁ、福富君は。私も福富になりたい」
「オメさん、言ってる事めちゃくちゃだなぁ。靖友に頼んでみたら?ちゃん付けで呼んでって」
まだ笑いを噛み殺している新開君はポケットから取り出したエナジーバーを笑顔で勧めてくれたけど、丁重にお断りした。だって、食べたカロリー消化できるほど運動はしない。
「あの、荒北君がそんなお願い聞いてくれると思う?」
バァカ、って歯茎剥き出して怒るんだろうなぁと呟けば新開君も「確かになぁ」と苦笑い。頬杖をついて、はぁっとため息をつけば頭上にズシリと重量感。びっくりして振り返れば、教科書と辞書を片手に持った荒北君が呆れた顔で立っていた。
「バァーカ。福富になりたいって、フクちゃんと結婚でもすんの?新開、オメーも馬鹿な話にマジで返してんじゃねーヨ。あとコレ、オメー借りたいなら自分で取りに来い」
「いや、靖友が届けてくれたら彼女に会える理由が出来るから喜ぶかと思って」
ウインクをした新開君の頭上目掛けて、荒北君はなんの迷いもなく教科書を振りかぶる。パコン、と振りかぶった割に間抜けな音がした。
「パシられて喜ぶかよ、バーカ」
「喜んでくれないんだ……」
思わず、小さく呟けば荒北君に聞こえたみたいで睨まれた。ほんの少しだけ赤くなった耳を見れば、私と同じ気持ちなんだろうなとは思うけれど。
「なら、後で学食にソレ持ってこいよ。お使いくらい、出来るよナァ?」
私の頭上に押し付けていた辞書を新開君の机に投げると、さっさと教室を出ていってしまった。去り際に一度だけ大きな手が髪に触れたから、荒北君が乱れた髪を直してくれたのだとわかった。
「靖友も素直じゃないなぁ。学食で一緒に昼メシ食おうって普通に誘えばいいのに」
足早に教室を出て行ってしまった大好きな背中を見送る。新開君の言葉に思わず顔が緩んでしまって、次の英語の時間は散々だった。ニヤニヤするな、と先生に怒られてもお昼の時間が待ち遠しくてたまらない。チャイムが鳴って、荒北君の英語の教科書と辞書を抱えて学食へ向かえば、途中の廊下で荒北君を見つける。
「お使いご苦労さん、ミョウジチャン」
ニヤッと笑うと私の手から教科書と辞書を取り上げる。不意打ちの名字呼び+チャン呼びに、思わず足を止めたのに、荒北君は止まってくれない。前を歩く背中を追いかけて隣に並べば、私の顔を見て荒北君は目を見開いて吹き出した。
「オマエ、顔真っ赤すぎ」
「もう一回呼んで!出来れば下の名前の方で!」
ねだる様にブレザーの袖を引っ張れば、口角がニヤリとあがった。あ、意地悪な時の荒北君の顔。
「絶対、ヤダ」
煽る様な視線に胸が高鳴れば、見透かされたみたいに喉を鳴らして笑う荒北君はとても楽しそうで。反応を見て遊ばれているのはわかっているのに、そんな彼が大好きなので悔し紛れに腕にしがみついてやる。
「ひどい、でも好き」
上目遣いに見上げれば、荒北君の赤くなった顔。見るなとばかりに頭を押さえ込まれて良かったと思う。多分、私の顔はもっと真っ赤だったと思うから。