私のどこが好き?ver荒北


 授業が終わって、部活に行く前の十五分ほどの短い時間。顔を見てほんの少しだけ二人の時間を過ごす事が荒北と彼女の日課だった。足早に教室を出て彼女が待つ約束の場所へと向かうと、すでに彼女の姿がある。荒北を見つけて嬉しそうに頬を緩める姿に、つられるように顔が緩んだ。

「ミョウジ、なんでいっつも俺より早いわけ?授業サボってんじゃねーの」
「さぼってないよ。昔の荒北君じゃないんだから」

 箱根学園の自転車競技部の練習は忙しく、付き合っていると言ってもデートもたまにしかできていない。それでも文句ひとつ言わずに「自転車に乗ってる荒北君が一番かっこいい」とミョウジは笑う。いつものように限られた時間を楽しもうと他愛もない会話を嬉しそうにするミョウジは、なぜ自分の事などを好きなのだろうと不思議に思えてしまう。
 
「そういえば、荒北君に聞きたいことがあって」
「何ォ?」
「荒北君は私のどこが好き?」

 どこか、照れたような期待したような顔でミョウジが一歩、近づいてくる。脈絡もなく何を突然言い出すのかと思えばニコニコしながら期待した眼差しが荒北を見上げていた。

「ハァ?」

 開口一番、思わず荒北の眉間に皺が寄る。付き合って三ヶ月。この手の話題をミョウジが口にしたことはない。

「急に何言ってんの」
「急にって言うか、どこが好きだと思ってくれてるのかなって気になって」

 期待した顔で覗き込んでくるミョウジの頬が赤い。赤くなるぐらいなら馬鹿なことを聞かなければいいと思いつつも、見上げてくる視線から逃げるように顔を背ける。

「ねえ、どこ?」

無理やり視界に入ってくるミョウジの頭を片手で押さえて、視線を外す。

「あー。今日は福チャンに早く来いって言われてたわ」
「えー、一個ぐらい何かないの?」

 ブレザーの袖を引かれれば、反射的に耳が赤くなる。一瞬、目が合うと「荒北君、顔赤い」と嬉しそうにミョウジが笑った。

「……馬鹿じゃねーのォ!?」
「馬鹿じゃないです。ねえ、一個ぐらい言ってよ」
「うっせ、バーカ」

 珍しく食い下がってくるミョウジから視線をそらせば、苦し紛れの悪態が口をつく。他に言うことあるだろ、と自嘲しながらも急な無茶ぶりに応えられるわけもなく。まともに取り合うこともできず、軽く睨めばミョウジがあきらめたように肩をすくめる。

「部活行くから、じゃーネ」
「もう……。また、明日ね」

 追い払うように手を振れば、ほんの少し寂しそうな顔をしたミョウジが手を振った。その後、部室に向かい無我夢中でローラーを回しながらも、脳裏の片隅に彼女の言葉が離れない。

『私のどこが好き?』

 笑うと可愛い所、些細な事で喜ぶ素直な所、抱きしめた事はないけれど、抱きしめたくなる華奢な所。

「オラァァァァ……!!!」
「荒北さん、今日も気合入ってるなぁ」

 次々と浮かんでくる雑念にも似た彼女の好きな所を振り払うように気合をいれてローラーを回す荒北の鬼気迫る姿に後輩達が怯えたとか、怯えていないとか。もしも次に彼女が聞いてきたらと答えを何度も考えていたにも関わらず、結局それ以降、ミョウジが聞いてくる事はなかった。
 しびれを切らした荒北が意を決して彼女の好きな所を口にしたのは、三日後の珍しく部活が休みになった日曜日のデートの帰り際。

「笑った顔と素直なトコ」

 またね、と手を振ったミョウジの手首を掴んで引き寄せて、耳元で小さく呟けば自分の耳が赤くなっているような気がした。

「え?」

 意を決して伝えたつもりが、ミョウジはきょとんとした顔で「何が?」と聞き返してくる。

「……もう言わねーし!なんでもねーよ!バーカ!」

 君の好きな所です、とは今更言うこともできず。顔を真っ赤にして背中を向けて逃げるように荒北は寮へと戻った。まともに取り合わないような顔して、三日間ずっと何て答えるか考えていた、とは今更口が裂けても言えるはずもない。
- 96 -
[*前] | [TEXT] [次#]
×
「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -