初キスでも野獣荒北は自重しない


「オイ。いつまでも拗ねてんじゃネーヨ」
「別に拗ねてない」
「それなら、なんでずっとソッポ向いてんノォ?」

 教室の隅で膝抱えて半べそかいてるヤツが拗ねていないわけがない。めんどくせえなと思いながら、仕方なく座り込んでいるミョウジに手を差し出せば、プイと横を向いて無視をしてくる。

「……今、靖友は絶対めんどくさいって思ってる」
「分かってんなら、いつまでも拗ねんな。バーカ」

 売り言葉に買い言葉とはよく言ったもので。ある意味、自分から喧嘩を吹っかけておいて涙目になっているミョウジは何がしたいのか。恥ずかしさとか、虚しさとか、多分いろんな感情が入り乱れてグチャグチャになっているんだろうと予測はついても、だからと言って優しくしてやれる余裕もない。

「シテって、言ったのオメーだろ」

 事の発端は30分前。数学の課題を溜めすぎて部活へ行く前に全部提出しろと担任に怒られた。教室に残って課題をやっていたら、他のやつらから話を聞いたミョウジが隣の教室から顔を出す。居残りのオレをからかいにきたと言いながら、実際はわからなくて飛ばした問題をこっそり教えにきてくれたことは有り難かった。
 自分よりも余程賢い彼女がいるというのは情けない反面、心強い。予想よりも遥かに早く片付いた課題はミョウジのおかげだ。お礼のつもりで「何かしてほしい事、ネーノ?」って聞いたら、いつものミョウジなら購買でいちごオレが飲みたいだとか、アイス買ってくれとか言うと思っていたのに、何を思ったのか真っ赤な顔して「キスして欲しい」なんて言い出した。
 こっちは、散々焦らされてお預け食らってきた手前、一瞬頭の中が真っ白になって「ハァ?」って言ったものの。真っ赤な顔で目を潤ませてオレを見てるミョウジのツラを見ていたら、無意識に体が動いた。今までもそういう雰囲気には何度かなった事があるが、うまい具合に逃げられてキスには至らず。まぁ、恥ずかしくて死ぬと言われれば長期戦を覚悟するしかないと思っていたのにミョウジは何を言い出すのか。
 机を挟んで向かいあった微妙な距離感。椅子から腰を浮かせた瞬間、ミョウジが後ろへ逃げる雰囲気を感じて制服のリボンに指を絡める。逃げられる前に引き寄せて、驚いて半開きになってる唇にカサついた自分の唇を重ねた。プニっとした柔らかい感触とほんのり甘い匂いにつられて、触れるだけのキスでは我慢できなくて。絡みつくみたいに、噛み付くみたいに唇を重ねれば、ミョウジが焦ったように体を離す。
 逃したくなくて、ミョウジの後頭部に手を回してもう一度、二度と舌を絡ませて繰り返して口付ければ、小さく声を上げてミョウジが逃げる。本能的に逃げられれば追いたくなるのが男というもの。気づけば教室の隅まで追い詰めていて、膝を抱えて座り込んだミョウジを見て、やりすぎたと思った。けれど、謝る気にはなれないし、悪い事をしたとも思わない。付き合っていて、好きな女にキスして欲しいって言われて動かない方がどうかしてる。
 けれどまぁ、茹で蛸みたいに真っ赤になっているミョウジを見ていると段々と罪悪感が芽生えてきて、かける言葉が見つからなくなる。最初のキスにしては、がっつきすぎた自覚はあって。多分、ミョウジが期待していたのは、もっと触れるみたいな優しいキスだったんだろう。ただ、相手見て言えヨ、と言ってやりたい気持ちはあったが言ったら本当に泣くのでやめておこうと思った。

「あー。我慢できなくてゴメンネ」

 しゃがみ込んで半べそ描いてるミョウジの頭を撫ぜて、無理矢理引っ張り起こす。微かに震える唇を指先で撫ぜながら、しばらくまたキスは逃げられるんだろうなと覚悟した。

「オレ、部活行くけどミョウジはどうするヨ?」
「……もう、帰る」

 フラフラした足取りで教室を出て行ったが、鞄も持たずにどこへ行くのか。提出課題と荷物をまとめるついでに、ミョウジの鞄も持つ。廊下でフラフラしているミョウジに荷物を渡しがてら、もう一度身体をかがめて顔を覗き込めば潤んだ瞳が誘っているように思える。

「嫌、だったわけじゃないからね」
「それ、このタイミングで言うカヨ?」

 唇が触れそうな距離で、そんな事を言われればもう一度噛みつきたくなる衝動に駆られて。けれど、怯えた姿を思い出せば、それ以上は手を出す気にはなれなかった。

「気をつけて帰れヨ」

 ポン、と頭を軽く叩いてフラフラしているミョウジを追い越せば自然と頬が緩む。無意識に緩んだ顔は他人から見ても分かりやすかったらしく、「荒北、顔が緩んでいるぞ」なんて、フクチャンに不思議そうに言われてもなかなか元に戻りそうもない。かさついた唇を指先で触れれば、まだ初めての感触がリアルに残っているような気がした。
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