初キスで暴走しても反省しない高校生隼人

「隼人君といると、すごく安心する」

 捉え方によっては好きな女子に言われれば、悪い気はしない。だけど、ナマエの言っている意味はちょっと違うんじゃないかと常々思っていたけれど、やっぱり違う意味だと思い知らされる。安心してもらっては困る。いつだって、自分が狙われてる方だってちゃんと自覚してくれないと、オレばかりが振り回されて心臓が持ちそうもない。
 
「なぁ、そろそろ離れてくれないか」
「やだ。まだ癒されたりない」

 膝の上にウサ吉を抱いたまま、オレにもたれかかっていたナマエはどこか眠たそうな顔で静かに首を振った。オレの両足の間にすっぽりと体をおさめてもたれかかりながら、人の気も知らないでリラックスした顔で笑う。

「さっきのもう1回やって?」
「オメさん、オレの話聞いてる?」

 甘えるようにもう1回、とねだられればイヤとは言えなくて。はぁ、とため息をついてから両手でぎゅっとナマエを抱きしめる。耳元で「好きだ」と要望通りに呟けば、「耳が幸せ」と嬉しそうに笑った。

「……そりゃ、どうも」

 ナマエが喜ぶのも幸せそうな顔で笑うのも、見ていて楽しくないわけではない。ただ、付き合って三ヶ月。いまだキスもしていないのに、これだけ密着していても一切そういう空気にならないのは、オレとしては頭の痛い問題だった。

「隼人君の声、大好き」

 ウサ吉も好きだよね、と優しく撫ぜながらナマエは笑う。心地良さそうにウサ吉が体を寄せるのを真似して首筋に頬を寄せれば、くすぐったそうにナマエは笑った。幸せそうだけど、ちょっと期待してる反応と違って正直困る。
 
「ウサ吉の真似?隼人君、可愛い。髪の毛もフワフワだから気持ちいい」
「……ウサ吉と同レベルか」

 彼氏に可愛いはないだろう、と内心大きなため息をつきながら、ナマエの体をぎゅっと抱きしめる。少しでも、ナマエの体が緊張してくれる事を期待したのに、ふにゃふにゃした柔らかい体は何の疑問もなくオレに全部を預けてくる。しかも、どこか楽しそうに鼻歌を歌い始めたと思ったら、ウサ吉の鼻にちゅっと音を立ててキスをするのを見て、思わずその場にひっくり返った。青々とした草の匂いがもうすぐ夏だなぁ、なんて全く関係ない事を口走ったのは半分やけだった。
 オレとは全くそういう雰囲気にならないくせに、ウサ吉にはキスするんだ、なんてヤキモチは言葉には出来ず。距離の取り方を間違えたと思ったが、今更遅い。

「オマエら、イチャイチャしてるわりに縁側でくつろいでる感じだよナァ」
「新開、男だって意識されてないんじゃないか?」

 昨日の部活の後に、靖友や尽八から言われた言葉が突き刺さる。まさに今も日向でくつろぎ中であり、ウサ吉と同じ扱いだ。付き合い始めの頃はもう少し緊張感があったはずなのに。それこそ、手を繋ぐだけでビクッとするから、優しく優しく接しようと心掛けた。その結果、ナマエにとってオレは安心できる男、という彼氏としては微妙な立ち位置に置かれてしまった。

「隼人君、眠たい?」
「いや、ちょっと落ち込んでるだけ」

 落ち込んでる、とは我ながら意地悪な言い方だと思う。少し考え込んだナマエはウサ吉を飼育小屋に戻すと寝転んだオレの隣にそっと腰を下ろした。

「大丈夫?何かあった?」

 心配そうな顔でオレの顔を覗き込む頬に手を伸ばして、そっと触れる。もう片方の手を首に添えて、引き寄せればナマエとの距離がぐっと縮まった。

「隼人君の手、大きいね」
「……今、何考えてる?」

 唇が触れそうな距離まで引き寄せれば、ナマエは倒れ込まないように地面に手をついて、オレの顔を覗き込む。心配そうな瞳に少しだけ罪悪感を覚えれば、ナマエはオレの頭をゆっくりと撫ぜた。

「どうしたら、元気になるかなぁって考えてる」
「キスしてくれたら、元気になるよ」

 どんな反応をするのか見たくて、そんな事を言ってみれば、ナマエは少し困った顔をするときょろきょろと周りの様子を伺う。髪がオレの顔にかからないように、自分の髪を片手でそっと押さえると、ゆっくりと顔を近づけた。
 え、普通にしてくれるのかと思った時には、ちゅっと軽い音を立てて唇が触れる。ウサ吉の時よりも短くないかと思ったら、もう唇は離れていて。ほんのりと頬を染めたナマエがオレを心配そうに見下ろしていた。

「……元気、でた?」

 思わず、可愛いなぁと口走りそうになるのを堪えて、ナマエの髪をゆっくりと撫でる。初めてのキスにしては、穏やかすぎて物足りないとおもってしまう。

「まだ、足りない」

 困惑した顔が近づいて、ゆっくりと重なる唇。さっきよりも少し長めのキスにナマエの顔が熱を帯びた。

「……足りた?」

 困り顔で聞かれて、ありがとうと言うつもりだったのに。気がつけば、そのまま抱き込んで体の位置を入れ替えていた。

「隼人君」

 困惑して揺れる瞳に誘われたと言ったら、ただの言い訳だけど。ナマエを組み敷いて見下ろせば、触れるだけのキスでは我慢できるはずもなく、息も出来ないほどに彼女の唇に吸いついた。

「隼人君、ちょっと待って……」

 息継ぎをするように、息の上がった切ない声でナマエを呼ばれれば、余計に煽られた気がして。

「悪い、我慢できない」

 耳元でそう呟けば、ナマエの顔が更に赤く染まって可愛くて。もう一度、唇を重ねようとしたら何を思ったのか、オレの首にぎゅっとしがみついて来た。

「落ち込んでたって言ったくせに!」

 キスをされないようにしがみついて顔を隠しているのだと気づいたら、それもまた可愛くて顔が見たくなる。そのうち力尽きて離れる時が待ち遠しくて耳元で笑えば、ピクリとナマエの体が震えた。
 案の定、1分も持たないうちにしがみついていた体が耐えられなくなって離れた瞬間、ナマエが頭をぶつけないように片手で支える。今にも泣きそうな顔を見て、初めにしたような触れるだけのキスで我慢をしたのは自分でも偉いと思う。
 
「オレも男だからさ。好きな子が側にいたら我慢できないから気をつけろよ?」

 もう少し緊張感を持ってくれ、と言った事をオレはすぐに後悔することになる。

「ナマエ、離れすぎじゃないか?」
「隼人君に近づくと危ないってわかったから」

 あのあと、怒ったナマエがオレの半径一メートル以内に近寄らなくなったのは言うまでもない。
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