同棲彼氏に癒されたい スパダリな手嶋

 手嶋純太は人の気持ちに寄り添ってくれる人だ。背中を押して欲しい時、寄り添って欲しい時、黙って抱きしめて欲しい時。そんな時、いつだって何も言わなくても純太は気がついてくれる。一緒に住むようになって、思っていた以上に自分の恋人が私に甘くて優しい事を思い知った。この恋は危険だ。純太がいなければ、私はダメな人間になってしまう。
 仕事に行きたくない日、本音を言えば朝も起きたくない。だけど、強制的にアラームで起こされるんじゃなくて、優しい声で呼びかけながら頭を撫ぜてくれる純太がいる。
 「おはよ。今日も朝から可愛い寝顔ありがと」なんて思わず吹き出すような台詞を耳元で囁かれたら、思わず朝から笑顔になってしまう。寝癖を気にしながら鏡を見る純太と目が合えば、爽やかな笑顔で夕飯何食べたい?なんて言ってくれる。同棲するにあたって、家事の分担はある程度最初に決めたけれど、職場の人手不足のせいで最近は残業が続いてる。私が担当の日まで食事の準備から洗濯、下手したら朝のゴミ出しまでいつの間にかやってくれる純太は嫌な顔ひとつしないで「余裕のある方がやればいいんだよ」なんてさらりと言うから、どんなに疲れていても、明日も頑張ろうと思えてしまう。

「おかえり。今日もお疲れ」
 
 無茶振りな勤務変更続きでやっと明日は休み。疲れ切った体を引きずって家に帰ったら、今日も先に帰っていた純太が玄関まで迎えにきてくれる。キッチンからは良い匂いがしていて、反射的にお腹が鳴れば純太が可愛いと笑った。

「ただいま、今日も遅くなってごめん」

 甘えるみたいに両手を広げれば、純太が抱き止めてくれる。スーツの上着を抱き締めついでに脱がせてくれて、そのまま抱き寄せられる。美味しい匂いに釣られてリビングへと向かえば「手洗って、着替えが先」なんて、優しい声で叱られてバスルームへ追いやられた。

「先に風呂も入っちゃえよ」

 最初から純太はそのつもりだったんだろう。バスルームは、いつでもお風呂に入れる準備がしてあって、買い忘れて残りが少なかったボディーソープも最近新しく発売された可愛いボトルに代わっていた。
 バスタオルと着替えも用意してあって、至れり尽くせりの状況を喜ぶべきか、完璧すぎる彼氏に申し訳なく思うべきか。キッチンからは上手すぎる鼻歌が聞こえてきて、思わず顔が緩む。純太の上機嫌な鼻歌を聴きながらゆるゆるとメイクを落とせば、眉間の皺も落ちて気の抜けた素顔になった。
 新しいボディーソープは爽やかなシトラスの香りで純太にも似合いそうだ。バスタブにゆっくりと浸かれば、一気に疲れが押し寄せてきて、そのままずるずると沈みたくなる。そのままうっかり寝てしまわないように手足をゆっくりとマッサージすれば自然と溜息がこぼれた。

「もっとゆっくり入ってもよかったのに」

 全部甘えてしまうことが申し訳なくて、手早くお風呂を済ませてキッチンに向かう。呆れ顔をした純太がお皿を並べながら笑った。テーブルの上にはサラダとビーフシチュー。美味しそうな匂いに泣きたくなるほど幸せな気持ちになれば、純太が濡れた髪に触れた。

「先、乾かそうか。濡れたままだと傷むだろ」

 あとでいいよ、と言いかけた唇に軽く触れるだけのキスをして。純太に手を引かれてリビングのソファーに座れば優しい手つきでドライヤーをかけてくれる。ご丁寧にヘアオイルまで用意してくれていて、さすがに甘やかしすぎだよ、と言ったけどドライヤーの音にかき消されてしまった。

「純太」
「今週も忙しかったけど、頑張ったよなぁ。ナマエはえらい」

 明るくて優しい声は全部見透かしているのかもしれない。大人になると頑張るのが当たり前で、我慢するのも当然になる。純太は髪に触れながら頭を優しく撫ぜてくれる。

「ナマエはよく頑張ってるよ」

 誰かに褒めて欲しい。認めて欲しい。そんな細やかな願い事すら、純太は拾い上げてくれる。毎日すり減らして擦り切れそうな自己肯定感ごと抱きしめてくれる恋人の言葉はヘアオイルと一緒に髪の先から染み込んでいく。自分が思っていたよりも限界だったみたいだ。

「……私、ちゃんと頑張れてる?」
「頑張れてるよ。オレ、知ってる」

 泣きたくなるほど弱った気持ちが優しい純太の声と掌、それから抱きしめられた体温に癒される。

「……ご飯食べたら、ぎゅーってして」
「もちろん。ナマエが満足するまで存分に。今日のシチューも美味いと思うよ」

 ドライヤーを片付けた純太の言葉通り、ビーフシチューはお肉もトロトロで本当に美味しかった。コールスローサラダも美味しくて、つい箸が進んでしまう。空になった純太のお皿と自分のお皿におかわりを入れようと手を伸ばせば、優しい恋人は頬杖をついてホッとしたように溜息をつく。

「やっと、いつもの顔で笑った」
「え?」
「いや、ずっと表情が固かったから心配だったんだわ。オレの作った飯食べてお前が笑えるなら、オレも嬉しい」

 明日は何作ろうかな、なんてスマホ片手に純太は笑う。器用で努力家、底なしに優しい彼はどこまで私を幸せにしてくれるんだろう。

「明日は私が純太の好きな物作るよ」

 お鍋の中には純太の愛情がたっぷり詰まったビーフシチュー。お腹の中まで幸せに満たされながら、明日は純太の髪は私が乾かそうと心に誓う。

「今夜は、のんびり過ごそうな」

 明日は純太と一緒に過ごせる待ちかねた休日。ニコニコと笑う純太に抱かれて今夜は幸せな夢を見よう。
- 89 -
[*前] | [TEXT] [次#]
×
第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -