同棲真波に癒される

 頭ごなしに怒られるのは嫌。だけど、もういいって溜息つかれてがっかりされるのは、もっと嫌。働いてお金貰うって事は簡単じゃないし、社会はそんなに甘くない事もわかってる。それでも私なりに頑張ったのは誰かに認めて欲しい。頑張ったって自己満足だけじゃ、結果は出ないし周りは評価してくれない事なんて痛いほどわかっているから悔し涙が出るんだろう。
 泣いても何にも変わらない。だけど泣けなくなったら自分が辛くなるだけだから、自分の気持ちには素直でいたい。だから、気合いを入れて作った企画書をこれでもかってくらいダメ出しされて、話にならないとまで言われれば帰り道は涙が止まらないわけで。見知らぬコンビニの店員にすら「おねーさん、大丈夫?」なんて言われるレベルには落ち込んでしまった。
 だから、自宅マンションに帰って玄関を開けた時、出迎えてくれた山岳が顔を見た瞬間、一瞬驚いた顔をしたけれど何も言わずに「お疲れ様」なんて優しく笑うから、思わず声を上げて泣いてしまった。

「はーい、今日の夕飯はキーマカレーに決定でーす」
「昨日の残りじゃん」
「そうでーす。昨日、ナマエちゃんが山ほど作って残ってるキーマカレーにオレの作った温玉乗せまーす」

 多分、メイクは落ちてひどい顔。しゃくりあげる私をぎゅっと抱きしめると、山岳は鼻歌まじりに私の頭を撫ぜる。

「とりあえず顔洗う?ご飯食べる?それともちゅーする?」
「……顔、洗う」
「えー。そこはさ、ちゅーするって言う所でしょ」

 つまんないの、なんて笑う山岳が鼻先にちゅっとキスを落とす。そのままバスルームに押し込まれて、メイク落としを手に取れば鏡の中はひどい顔。
 この前迷ってた高いアイシャドウやっぱり買えば良かった。それなら化粧崩れももう少しマシだったかもしれない、なんて悔し紛れに思う。キッチンから香るカレーの匂いにつられて半泣きの顔で戻れば、最近100均で買った電子レンジでも簡単に作れる温玉の容器を片手に山岳がニコニコと笑っていた。

「見てみて、うまく出来た!」

 誰でも簡単に温玉が作れる商品は最近、山岳のお気に入りで。事あるごとに「オレが作るね」なんて言うのが可愛かったりする。
 温泉卵が乗っている事以外は、完全に昨日と全く同じメニューなのに山岳は文句の一言も言わない。何があったの、とも聞かないし、テレビの3択クイズに真顔で答えてみたりと何事もないように接してくれる。

「ねぇ、散歩に行こ?」

 キーマカレーを食べおわって、シンクにお皿を運ぶと、山岳は返事も待たずに私の手を引く。寒いから羽織るものがいるね、なんて呟きながら着せられたのは山岳のパーカーだった。それも普段、お風呂上がりに来てるやつだ。

「私、自分の取ってくるよ」
「えー、別にそのままでいいよ。誰にも会わないし」

 あぁ、部屋へ取りに行くのが面倒くさいんだろうなって分かる笑顔を浮かべて、山岳はスニーカーを履く。スマホと財布も持たないから本当に散歩しかするつもりはないんだろう。
 どこか強引で自由な山岳は出会った頃のままで。自分勝手だと思う事もたまにはあるけれど、彼の隣はとても居心地が良い。それはきっと彼の笑顔が底抜けに優しくて、紡ぐ言葉も奏でる音さえも柔らかいからだと思う。

「山岳は優しいね」
「そう?ナマエちゃんくらいだよ、そんな事言うの」

 きゅっと繋いだ手は暖かくて、そのまま山岳のポケットに仕舞われる。ポケットの中で柔らかくふにゃふにゃと握られれば、気持ちが良くて自然と顔が笑ってしまった。
 ゆっくりとした足取りでのんびりと歩く文字通りの散歩。時々、星が綺麗だね、とかお店から香る焼肉の匂い美味しそうとか、山岳の脈絡のない言葉に笑ってしまう。

「良かった。いつものナマエちゃんだ」
「え?」
「ずっと怖い顔してたから、どうしようかなーと思ってた。元気ない時はさ、外出てる方が良いかなと思って」

 いつものふにゃふにゃとした笑顔が一瞬遠のいて、目を細めた山岳の目は少し大人びて見えて。思わず立ち止まれば、反対の手がぐしゃぐしゃと髪を撫ぜる。

「ナマエちゃんが一生懸命頑張ってたのオレ、知ってる」
「……でも、全然ダメだった」
「頑張ってもさ、そういう事もあるよ。でも、本気で頑張ったのは事実でしょ」

 ぐしゃぐしゃと頭を撫ぜる山岳の手は優しくて。思わず、またポロポロと涙が溢れれば「泣いても良いよ」と山岳は笑う。

「いっぱい泣いてすっきりしたら、明日からまた頑張れば良いんだよ」

 不意に山岳が背中を向けたと思ったら、私の両手を掴んで自分の両ポケットに仕舞い込む。ぎゅっと背中へ抱きつく姿勢になれば、そのままフラフラと歩き出されて歩きにくくて仕方がない。何度も山岳の背中に何度も鼻をぶつければ、いつの間にか涙は止まっていた。

「あ、でもよく考えたら明日は休みだった」
「山岳、鼻が擦れて痛いし、歩きにくい」
「えー?じゃあもう、帰る?」

 あれ、もう泣き止んだの?早いね、なんて山岳は白い歯を見せて笑う。一度だけ鼻先を軽く当てるみたいに顔を近づけると「明日は元気になるところ、行こうね」なんて笑いながら、もう一度手を繋ぎ直す。
 ぴったりと寄り添いながら歩くと、見上げた星空は本当に綺麗で。隣を歩く山岳の穏やかな表情に胸のモヤモヤが自然と晴れていくような気がした。

「……山岳って。不思議だよね」
「高校生の頃、先輩にもよく言われたんだよね。フシギチャンって」

 そう言って、懐かしそうに笑った山岳はなぜかまた私の頭を撫ぜる。優しい笑顔はいつもよりもやっぱり大人びて見えて、一緒に暮らす山岳の懐は私が思うよりもずっと深いのかもしれない、なんて思った。
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