同棲彼氏に癒されたい 構い上手な黒田

 ただでさえ、やる気の出ない土曜出勤。それも世間は三連休の初日とくれば、正直溜まった疲れも限界。そういう時は何をやっても上手くいかないし、焦った挙句に失敗する。落ち込んだ仕事の帰り道、電車は目の前で扉が閉まって乗り遅れるし、溜息まじりにコンビニへ立ち寄ればパラパラと雨が降り始めた。
 
「……あぁ、もう最悪」
 
 スイーツ棚にはお気に入りのプリンもチーズケーキもない。欲しかった雑誌も売り切れ。もう今日は最悪だ、やけ酒でもしてやろうとチューハイとおつまみを買って、ついでにビニール傘を買うか、走るべきか悩む。500円をケチるわけじゃ無いけど、あと15分の距離でわざわざ買うのも癪だった。一瞬、同棲している彼氏の雪成に迎えに来てって連絡をしようかと思ったけれど、今夜は珍しく高校の先輩とか同級生とオンラインでゲームするって言っていたから邪魔をするのも気が引ける。
 外に出てから走るのにチューハイ買ったの馬鹿だったな、なんて思ったけど今更遅い。雨足が強くなる前に走って帰ろう、と顔を上げて走り出せばクラクションが鳴る。煩いなと振り返れば雪成の車が停まっていた。

「お前さ、フツーは気づくだろ?」
「は?なんでいるの」

 思わず可愛くない言い方をした自覚はあったけれど、呆れ顔の雪成は怒るわけでもなくコンビニ袋を私の手から取り上げた。チラッと袋の中を覗いて「おっさんか」と鼻で笑ったけれど、そのまま荷物を車の中に置く。

「スパイシーチキンあった?」

 レジ前のフードケースを思い出して頷けば、私を助手席に押し込むと雪成は店内に入っていく。すぐに美味しそうな匂いと一緒に戻ってくると「お疲れさん」と笑った。

「ゲーム、やるんじゃなかったの?」
「ちょっと遅れて参加するって言ってある。ナマエ、今日は傘持ってなかっただろ」
「知ってたの?」
「お前、天気予報見ねーだろ。家に傘あったし。駅ついたってメール来てたから、どうせコンビニ寄るだろうと思って」
「へぇ。いい勘してるね」
「ナマエの行動パターンなんて知ってる」

 馬鹿にしたみたいに笑うくせに、わざわざ迎えに来てくれる辺りが雪成だなぁと思う。

「じゃあ、私が今何考えてるかわかる?」

 疲れた体をシートに預けて、そんな意味不明な質問を投げてみる。ハァ?知るかよって困惑させたいような、意地悪な質問に不貞腐れた顔が見たいような。お迎えついでに他のコンビニに寄ってスイーツ買いたいなぁ、と内心思っていると不意に唇が重なった。ちゅ、と軽い音を立てて触れたのは雪成の唇。

「1週間おつかれ、おかえり」

 伏せた視線と照れた顔。なぜかちょっとドヤ顔してる雪成は誤魔化すように私の頭をポンポンと2度叩く。いや、おかえりのちゅーなんて普段した事ないし、コンビニの駐車場なのに。けれど、ハンドルを握る雪成の横顔がかっこよくて、赤くなった耳が可愛くて思わず笑ってしまう。一緒に住み出して3ヶ月。まだまだ知らない顔があるらしい。

「飯、焼きそば作ってあっから」
「ん、ありがとね。ユキちゃん」
「ユキちゃんって呼ぶな」

 車が走り出すとフロントガラスには叩きつけるような雨が降り出す。自分で走らなくて良かった。走ってたら今頃、本気で泣いてたかもしれない。

「迎えに来てくれてありがと」
「買い出しのついで、な」

 ふん、と誤魔化すように笑う癖に雪成の口元は緩んでいてツンデレっぷりが愛おしい。買い出しってスパチキ1個だけしか買ってないし、不意打ちのキスを自分からしておいて赤くなった耳が可愛い。耳朶に指を伸ばしてプニプニと摘めば触り心地が気持ちよかった。大体、雪成は素直じゃないのだ。
 
『この日、ハコガクの先輩と友達とゲームやるから』

 二人の予定を書き込む冷蔵庫のカレンダーに印をつけて、面倒そうに言った癖に三日前からそわそわしてた。マイクを用意したり、こまめにゲーム機の充電したり。どうやら雪成の話いわく先輩4人がその日に箱根で集まるらしい。雪成の友達2人もどこかで集まっているらしいから、行かなくて良かったのか聞くと「ナマエが次の日から2連休だろ。一緒の休み、あんまりねーし」なんて、ぶっきらぼうに言うから惚れ直してしまった。
 最近、忙しくてすれ違いの生活だった事もあって、あんなに楽しみにしていた約束を途中で抜けてきてくれた事も嬉しい。「本当にありがと。来てくれて嬉しかった」と呟いてみたけど大粒の雨音で聞こえなかったのか、雪成は何も言わない。

「ユキちゃん、だーい好き」

 調子に乗ってもう一言呟けば、赤信号で止まった瞬間に引き寄せられて、また触れる唇。雪成の真っ直ぐな目が好き。好戦的で気の強い目。

「……聞こえてんじゃん」
「ユキちゃんってお前が言うから」

 そういえば最近、キスもあんまりしてなかったなぁなんて名残惜しそうに唇を撫ぜれば運転席で満足そうに雪成が笑う。

「足りなかった?」
「うるさい、馬鹿」
 
 結局、家に帰ってからは雪成の作った焼きそばを食べて、その後はゲームをする雪成の膝枕でまったりと過ごす。
 先輩の『ウラァァァ!』とか『オレは強い!』とか賑やかな声に笑ってしまう。『ユキちゃん!待って!オレどこにいる!?』『ユキ!後ろは任せろ!』とか異常に盛り上がる大人のゲーム大会を見ながら楽しそうな雪成を見ていると自然と頬が緩む。
 箱根学園の自転車競技部といえば強豪校で、みんな大きくて怖そうな人ばっかりだなと思っていたけれど、こうやって騒ぐ声を聞いていると何だか中学生の男の子みたい。

「雪成、先輩組に狙われてない?」

 雪成の太腿は引き締まってるのに、ふわっとしていて膝枕には最適で。自慢の猫脚にぐりぐりと頭を押し付けながらハーフパンツの隙間から脚を撫でればビクッとするのが可愛い。
 時々、ゲームの合間に髪を撫ぜてくれる掌が好きでゲームのローディングの間に指を絡めてくれるところも好き。ふざけてチューしてっておねだりすれば、困り顔でゲームの合間にキスが落ちる。
 これはこれで幸せな時間だなぁと、離れてしまった唇が名残惜しくて手を伸ばせば、見上げる雪成の顔が急に必死になっていた。テレビに視線を向ければ雪成のキャラが先輩達から囲まれていて、いつの間にか瀕死状態。

「ちょっ、何でオレばっかり狙うんですか!」

 さすがに袋叩きの状態に雪成が笑いながら抗議の声を上げれば、先輩らしき人の怒鳴り声が聞こえる。

『オメーがさっきから、微妙に聞こえる声でイチャイチャイチャイチャしてっからダヨ!』
『黒田は彼女と住んでるって言ってたよな。こっちはむさ苦しく男4人で温泉だぜ?』
『あぁ、良い湯だった』
『そうだろう!うちの実家の温泉は最高だろう?今度、黒田も彼女を連れてきてやるといい』
「ユキちゃん、全部バレてるって」

 思わず口にすれば、雪成が目を見開いてヤベェ!って顔をしたけどもう遅い。派手に雪成のキャラが吹っ飛んで画面から消えていった。

「あ、ユキちゃん死んだ」

 ゲラゲラと笑う先輩達に「あとで覚えてろ!」と小物感溢れるセリフを吐いた雪成がマイクを外してコントローラーを投げる。膝の上から逃げ出そうとする私を羽交締めにして、噛み付くような長いキス。テレビの中の最後の勝者が決まったのを見て押し返せば、雪成が名残惜しそうに腕を離さない。

「お前、さっきからちょっかい出し過ぎ」
「明日は私と遊んでね?先輩にボコられてる雪成、最高に可愛い」

 不満そうな雪成の頭を撫ぜて、抱きしめられる前に体を起こす。あんまり邪魔をするのも申し訳なくてキッチンへ逃げる。冷蔵庫を開ければ、さっき買い損ねたお気に入りのプリンとチーズケーキが入っていた。

「それ、両方食べていいからな」

 冷蔵庫の開ける音に気づいた雪成の声が聞こえる。スプーンとプリンを片手にリビングへ戻れば、雪成のキャラがまたフルボッコにされていた。今度は邪魔をしないように雪成の後ろに回ってソファーに座れば、食べ終わる頃には画面の中でキャラクターが遠くへ飛ばされていた。

「あ。雪成、また死んだ」

 項垂れる雪成が面白くて、思わず声を上げて笑ってしまう。仕事が忙しくて色々とストレスは溜まるし、疲れる事も、落ち込む事も多い。でも、家に帰ると雪成がいてふざけながら毎日笑いあえる生活は楽しい。落ち込んだ時には何も言わなくても迎えにきてくれて、ご褒美までこっそり買っておいてくれる気の利く彼氏は「次は負けねぇ!」なんて声高らかに叫ぶと、私を引き寄せて足の間に座らせた。
 背後からギュッと抱きしめられれば暖かくて気持ちが良くて、思わず頬が緩む。無言で渡されたコントローラーに2人で声を押し殺して笑った後、テレビに向き直した。
 とりあえず画面の向こうの先輩方。ストレス解消と併せて、愛しのユキちゃんの仇はとらせていただきます。
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