意識したら銅橋に恋してた

 人間、わりと恋に落ちるきっかけなんて簡単で。苦手な球技大会、しかも大嫌いなドッジボールで最後まで生き残り、銅橋君に守ってもらった日から彼の事が気になってしまった、と言ったら単純過ぎると友達には笑われた。
 けれど、大きな背中に感じた安心感と力強い腕に庇われた事は私の中で大きな衝撃だった。銅橋君を意識し始めてから色々とわかったことがある。意識して見てしまうと、もうダメだ。今までは林檎を片手で握りつぶせそうな人、という見た目からの勝手な印象で怖い人だと思っていた事を猛反省したくなるほど、彼は真面目で真っ直ぐな人だった。
 
 
「ミョウジ、それ貸せ」
「え、でもこれ委員会の仕事で頼まれて」
「さっきからフラフラしてんだよ。落ちる前に貸せ」

 廊下の掲示物の張り替えで椅子に登っていると、銅橋君が声をかけてくれた。振り返れば、仏頂面で低い声。一瞬、凄まれているのかと思うけれど私の手から掲示物を抜き取ると、手を伸ばして張り替えをしてくれる。
 椅子に登ったおかげで普段見上げる距離感とは違って、銅橋君の顔が近い。喉仏、大きいんだなぁとか意味のわからない事で関心しながら、筋肉質の腕に見入ってしまう。

「お前、絶対屈むなよ」

 最初は銅橋君からの言葉の意味がわからなかった。けれど距離感がいつもと違うおかげで彼の赤くなった耳が長めの髪の隙間から見えた。視線を逸らされて、やっと意図を理解する。思わず両手でスカートを押さえて振り返れば、何人か廊下にいた男子が目を逸らす。

「見えてた?」

 古い掲示物を剥がし、新しいものに張り替えてくれる銅橋君に小声で囁けば、一瞬動きが止まって困惑した顔。口元を引き攣らせて仏頂面をした姿はなかなか凄みがある。

「見えそう、なんだよ!わざわざ聞くな」

 舌打ちをしながら、私の手から掲示物を奪うと猛スピードで張り替えてくれる。しかも私が貼るよりも高さがちゃんと揃っていて綺麗。あっという間に作業が終わると銅橋君は私の前に溜息混じりに立った。

「さっさと降りろ」

 制服のポケットに手を入れたまま、威嚇するみたいに見える。でも、椅子から降りるのを待っていてくれるんだって気がついたら、にやけそうになる顔を必死に抑えるのが精一杯だった。降りる瞬間、つい銅橋君の腕に掴まってしまったけど彼は何も言わなかった。
 
「まだあんのかよ」
「あと、三年生の方が残ってる」
「委員会、他のヤツやらねぇのか」
「……だって、真波君が見つからないし」

 椅子を片手で軽々と担ぎ上げた銅橋君がコレどっから持ってきた、って聞くから目の前の教室を指差す。大股で歩いていく背中を慌てて追いかければ、銅橋君は椅子を片付けて、そのままどうやら付き合ってくれるらしい。

「真波のヤツ、委員会ちゃんと出てんの?」
「えーと。ほとんど見かけたことない、かなぁ」

 本当の事を言うと1回も出ていないような気がするけれど、なぜかもう他のメンバーも「真波だからしょうがない」で過ぎている気がする。「アイツ、部活の掃除当番も出ねえから」なんて苦々しく呟く銅橋君はきっと掃除をサボったりはしないんだろうなぁ、と思った。

「ありがとう、手伝ってくれて」
「ミョウジ、椅子からそのうち落ちそうで見てらんねぇ」

 球技大会の一件以来、銅橋君にとって私は鈍臭い人間だと思われているらしい。時々、こうやって助けてもらう事があって、少し前は階段で落ちそうになったところを捕まえてもらったばかりだった。
 並んで歩くと銅橋君の大きな一歩に追いつくには二歩必要で。話しかければ、いつもより大きめの声で話さなければ聞き取りにくいらしい。

「銅橋君、優しいよね」
「アァ?今、なんて言った?」

 聞こえなかった時に体を屈めてくれる瞬間が実はかなり好きで。やっぱり優しいなぁと笑えば、銅橋君は「何?」と眉間に皺を寄せる。

「何かお礼したいなぁって言っただけ」
「そんなんいらねーわ」
「でも、わざわざ付き合ってくれてるし」
「あー、じゃあ何か食い物で」

 最近は前よりも銅橋君との距離が近づいて。ニヤッと笑った顔が嬉しくて舞い上がってしまった事は自分でも自覚している。

「お弁当!好きなおかずって何!?」
「ハァ!?」

 思わず舞い上がった勢いで馬鹿なことを口走ったと思ったけれど今更遅い。弁当ってなんだ。思わず一緒に食べたいなんて思ったりしたから、変なことを言ってしまった。銅橋君の驚いた大きな声に、私も驚いて思わずプリントをぶちまけてしまえば気まずい空気に泣きたくなる。

「おまえ、弁当って……」
「な、何段だったら足りるかな!?」

 あ、もう泣きたい。冗談だよって言えば良かったのに、何段って何。お菓子とか購買のパンとかもっとライトな感じの意味で言われてるのはわかってたはずなのに。

「ブハァ!何段って花見かよ!」

 背中を丸めて座りながらプリントを集めてくれる銅橋君が思いっきり吹き出す。多分、私の顔は真っ赤になっているはずなのに気づかない振りをしてくれているのかもしれない。もう、恥ずかしさと色んな気持ちが複雑に混ざり合って、どんどん墓穴を掘っていくのが止まらない。

「作ってきたら、一緒に食べてくれる!?」

 もっと銅橋君の事が知りたい、一緒にいたい。自覚した恋心は留まるところを知らなくて、思わず掴んでしまった銅橋君の腕をどうしていいかわからなくなる。

「……あぁ」

 プリント、ぶちまけてよかった。小さく頷いてくれた銅橋君の真っ赤な顔がこんなに近くで見られなかったら、私は冗談だよ、と本当に誤魔化してしまっていたと思う。
 その後、掲示物の張り替えを手伝って貰いながら来週の月曜日にお弁当を作る約束をしたから、もう後には引けそうもない。唐揚げ、生姜焼き、ハンバーグ。とりあえずお弁当に入れられそうな肉料理を必死に家に帰って調べた事は、銅橋君には秘密にしておこう。
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