高校生の荒北とゲーセンデート

 ガラスの向こうに座る目つきの悪い狼のぬいぐるみ。クレーンゲームの景品として並んだぬいぐるみと目が合ってしまった。思わず立ち止まってしまったのは、大好きな彼に似ていると思ったから。
 不貞腐れたみたいな目つきは「取れるもんなら取ってみろヨ」と言いたげで。思わず隣を歩く靖友の顔を見上げて笑ってしまう。
 「アァ?何」と目を細めた顔がやっぱり似ている。繋いだ手を引くよりも早く、靖友が視線に気付いてクレーンゲームを振り返った。
 
「何。やりてェの?」
「うん。目が合っちゃった」
「どれ?」

 ガラスの向こうには両手で抱っこしたら心地よさそうな、ちょっと大きめのぬいぐるみが2種類。靖友に良く似た灰色の狼とぽやんとした顔のピンクなウサギ。靖友がウサギと私を見比べて、一瞬吹き出して目を逸らす。

「メシ、後でも良いけどォ」
「両替してくる。100円玉あんまり持ってないから」
「ン、わかった」

 目線を下げた靖友がガラスケースを見つめている。横から見ていると、ぬいぐるみの狼と靖友が睨み合っているみたいでおかしかった。

「アァ?やんのかコラ」

 歯茎を剥き出してぬいぐるみに威嚇してる靖友が可愛くて、思わず浮かれた足取りで両替に向かう。絶対、靖友と並べたら可愛い。あの調子でぬいぐるみに話しかける靖友が見たい。
 跳ねる気持ちを必死に平常心で押し隠せば、こんな時に限って見つけた両替機が準備中だった。慌ててお店の中をウロウロしながら、違う機械を探す。とりあえず20枚の100円玉を用意して靖友の所に戻れば、ちょうど景品が賑やかな音と共に落ちてきた所だった。

「オッセーヨ」

 靖友が私の顔面に押し付けたのはピンクのウサギ。ふわふわした感触が気持ちよくて思わず抱き締めれば、靖友がニヤッと笑う。え、待って。靖友がウサギのぬいぐるみを狙ってる姿、見たかった。

「可愛い!」
「トボけた顔がそっくりじゃナァイ」

  ギュッとぬいぐるみを抱き締めていると、靖友は口角を上げて満足そうに笑う。ぬいぐるみの頭と私の頭を交互に軽く叩いて、腹減ったナァと歩き出そうとするから、慌てて靖友のシャツを掴んだ。

「待って、私もやりたい!」

 ガラスの向こうで睨みつけてくる狼を指差して、本当はこの子が欲しかった、とはせっかく取ってもらったのに言えるはずはない。ウサギも可愛い。でも、この靖友によく似た狼が欲しい。

「ハァ?その目つき悪い方もいるのカヨ」

 目を細めた靖友の顔がぬいぐるみと本当にそっくりで。笑いそうになる口元を必死にぎゅっと力を入れて引き締めて頷く。ウサギのぬいぐるみを抱えたまま100円玉を入れた。

「5枚入れとけヨ。6回出来る」
「わかった!」

 靖友に言われるがままに100円玉を投入して、狼と睨み合う。私が抱えていたウサギの耳を片手でまとめて靖友が掴むと腕の中から抜き取った。その持ち方、ウサギが可哀想。

「靖友、ウサギ泣いてるよ?」
「泣くか、バーカ。っつーか、さっさとやらネェと時間なくなるぞ」

 文句を言いながらも、靖友はウサギを持ち直して前向きに抱っこする。感触が気に入ったのか、触る手つきが優しくてほんのちょっと嫉妬しつつ、レバーを動かして狼を狙った。三本のアームでまっすぐ狼の頭を狙えば、持ち上がった瞬間に転がり落ちる。
 狼は全く同じ場所に着地して、一歩も動いていない。「オレは絶対負けネェ」って顔で、こっちを向いているような気がした。

「靖友、そのウサギってどれくらいかかった?」

 ふわふわしたウサギを両手で抱えた靖友を見上げれば、少し首を捻りながら300円と笑う。

「え、300円で取れたの?」
「たまたまダヨ。ここに引っかかってとれた」

 ウサギの首元のリボンの隙間に靖友が指を入れて、掴んでは駄目だと教えてくれた。慌てて狼のぬいぐるみと見比べるけど、狼は首に何も巻いていないから隙間なんてない。

「隙間がねェなら、転がしとけ」
「転がす?」

 どうやって、と聞き返せば呆れ顔の靖友が代われ、と溜息をつく。器用にレバーを動かすと2本のアームで狼のぬいぐるみの頭に引っ掛けて横に転がした。景品口に少し近づいて、狼はふて寝したみたいにうつ伏せになる。

「今みたいに半分引っ掛けて、寄せる」
「靖友すごい!上手!」

 わかったような気がして靖友の真似をしてみる。予想ではまた、コロンと転がる筈だったのになぜか胴体を挟んでまた持ち上げてしまった。狼のヤストモはまた、なぜか着地と同時に最初と同じ位置に座り直す。あまりにも愛着が湧きすぎて、狼のぬいぐるみをいつの間にかヤストモ、と心の中で呼んでいた。
靖友が景品口に近づけては、私が元の位置へ戻す‥‥という行為を繰り返し、1000円分使った所で靖友がおかしそうに笑った。

「やるじゃナァイ!」

 靖友の闘争本能に火がついたのか、ウサギを私の顔面に押し付けると上機嫌で両替に向かう。靖友の賛辞は当然私にではなく、ぬいぐるみのヤストモに対してだった。まだ1000円分あるよ、と声をかけたけど聞いてはもらえなかった。

「……ヤストモ、根性ありすぎだよ」

 ガラス越しに小声で狼のぬいぐるみに文句を言えば、靖友が走って戻ってくる。なんかもう、スイッチの入った表情で野獣の如く100円玉を5枚投入した。

「さっきと逆?」

 靖友はさっきまでと逆方向にぬいぐるみを倒す。アームがスタート位置に戻るとすぐに操作をして、器用に足の隙間にアームを2本差し込んで、景品口の方へと引き寄せる。そのまま3回続けて同じ動きをすると、景品口に半分乗り上げた状態でヤストモが「フザケンナ!」って顔でこっちを睨んでいた。
 
「そろそろ観念しろヨ!」
「靖友すごい」

 すごい、かっこいい!と褒めちぎればウルセェと頭突きをされたけど、ウサギで庇ったからダメージはない。

「コレ、あと頭引っ張れば落ちるけど。どうする?」
「なんか私がやったら、元の位置に戻る気がするんだよね」

 私が今日やった事といえば、スタート位置にひたすら戻す行為だけで。景品口にヤストモが素直に落ちてくれるとは思えない。

「確かに。ナマエやりそうだよナァ」

 あとはもう落とすだけ、といった雰囲気で靖友がアームを操作する。器用に頭を引きずり下ろして、ヤストモは観念したのか不貞腐れた顔で転がり落ちる。

「ン、持っとけ」
「ありがとう、靖友大好き!」

 ウサギもふわふわだったけれど狼のヤストモもふわふわで。思わず、ぎゅっと抱きしめながら靖友にくっ付けば声がデケェ!と怒られた。今度は両手が塞がっていたから靖友の頭突きからは逃げれなくて、ゴチンと鈍い音がした。
 少し離れた所で店員が笑いを堪えているように見えるのは気のせいじゃないと思う。目が合えば、一瞬視線を逸らしてから、残った100円分を他の台に移動させるか提案してくれる。後ろのスナック菓子の台へと移動して、きっちり靖友は100円で5回プレイの台でお菓子を手に入れていた。
 両手にぬいぐるみを抱えて、靖友と並んで歩く。土曜日昼間のショッピングモールはそれなりに混んでいて賑やかだ。ご飯何にしよう、とか話しつつも腹が減ったからフードコートでいい、と靖友はもう目的地を決めたようだった。

「そんなに気に入ったァ?」
「え?」
「ニヤニヤ嬉しそうな顔してる」

 意地悪な顔で笑ったくせに、ちょっと迷ってから靖友はウサギのぬいぐるみを私の手から取り上げると小脇に抱える。空いた片手で私の手を取り、ぎゅっと握ってくれたから、さっきよりも私は緩んだ顔をしているはずだ。
 緩んだ口元を隠すように狼のヤストモを抱き直せば、やっぱり大好きな彼にそっくりで、ニヤニヤが止まらない。
 ふと視線を感じて靖友を見上げれば、ニヤニヤしながら私を見ていた。え、そんなにおかしな顔してた?と聞き返せば、繋いだ手を引き寄せられて耳打ちされる。

 「別にィ。幸せそうなツラしてんナァと思っただけ」

 靖友の低い抑えた声に耳元で囁かれて、一瞬だけ耳に唇が触れた。わざとか、偶然か。耳まで赤くなった私の隣で、靖友は涼しい顔で「ラーメン食いたい」と笑った。
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