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東堂の初キスリベンジ

 青い空が綺麗だ。風が優しく肌を撫ぜる秋晴れに、遠い空を思った。東堂君の大好きなライバルで友人の「マキちゃん」がいるイギリスまで、この空は続いているんだと思うと不思議だと思った。
 私がなぜほとんど面識のない「マキちゃん」の事を突然考えているかと言えば、ただの現実逃避。あまりに好きすぎる彼、東堂尽八の真剣な眼差しを至近距離で受けて、思考回路が停止していた。

「頭、もしかして打ったのか?」

 青い空を視界から遮ったのは眩しいほどにイケメンの東堂君で。自分が押し倒したくせに、完全に硬直してしまった私の様子に困惑しているようだった。
 掴まれた両腕は今も緩い力で繋がれていて。ほんの少しひんやりとした指先は彼もまた緊張しているのかもしれない。
 白いカチューシャで止められた長い髪が一筋こぼれていて、私の頬を撫ぜていく。触れそうな唇は結局、少しだけ寂しそうに笑うと、どこにも触れる事なく離れていった。

「すまなかった」

 わざと目を逸らしてしまった事はもうバレているのかもしれない。掴んでいた手首をそのまま引き起こされると、東堂君は静かに微笑む。静かな彼は本当に綺麗で、なぜ私なんかを好きになってくれたのか不思議でたまらない。伏せた瞳に彼を傷つけたと思うと胸が痛かった。

『キスしていいか』

 東堂君はちゃんと聞いてくれたのだ。放課後の屋上で、束の間の2人きりの時間という静かな空間の中で。不意打ちで押し倒されて、目の前には綺麗な東堂君の顔。真っ直ぐな目で、どこか熱を帯びた視線に射抜かれた瞬間、頭の中は真っ白になった。思わず、このまま時が止まれば良いのに、とか馬鹿な事を考えていたら、理性が空へ逃げてしまった。空が青いなぁ、なんて的外れな事を考えたせいで返事に詰まってしまったから、東堂君は質問の答えを否、と捉えたのだろう。

「悪かった。聞かなかったことにしてくれ」

 乾いた笑いを浮かべた東堂君は、名残惜しそうに私の手を離す。伏せた目元は息を飲むほど綺麗で、このまま手を離したらどこかへ消えてしまいそうだった。
 東堂君の事が大好きなのに、どうしてうまくいかないんだろう。初めてのキスに踏み切れないのは、これで何度目か。東堂君の真っ直ぐな視線に見つめられると思考回路が停止してしまう、と言ったら困惑されてしまったけれど事実なのだからどうしようもない。

「待って、ごめん。嫌いにならないで」

 離れようとする東堂君の指を引き寄せれば、彼は静かに微笑む。綺麗な指先は優雅な動作で私の乱れた前髪を直してくれた。

「嫌いになどならんよ。ちゃんと待つ気持ちはあるんだ。ただ、ちょっと、な」

 少しだけ目尻を下げて、小さく溜息をついた東堂君はとても穏やかな声で笑う。私の前髪から滑り降りた指先が、頬を撫ぜて唇に触れる。思わず息を飲めば、全部見透かすように東堂君の指先は私の喉を撫ぜた。
 
「たまに、オレも我慢しきれなくて触れたくなるんだ。驚かせてすまなかった」

 優しく指先を絡めていた手を不意に引き寄せられて、声を上げる間も無く私の手首に東堂君がキスをした。手首にゆっくりと触れた柔らかな唇の感触に、思わず体の力が抜ける。

「ほら、午後の授業に遅れるから戻ろうではないか」

 まるで、何もなかったみたいな爽やかな笑顔で立ち上がった東堂君と一緒に立ちあがろうとしたけれど、動けるわけもなく。支えられた腕にしがみつきながら、腰が抜けた……と呟く事が精一杯だった。

「待って、東堂君」

 声を殺して笑っている東堂君はいつもよりも少し意地悪で。東堂君の顔が良すぎてキスが出来ないとか、これ以上好きになったら心臓が持たないとか色々と複雑な感情が体中を駆け巡っていたけれど。

「私も、東堂君と……」

 多分、欲にまみれた目を自分がしているのは自覚していた。東堂君を見上げて、彼の制服のシャツを握りしめる。キスしたい、と震えそうな唇で願う言葉を吐き出そうと息を飲んだ瞬間、青い空はもう視界から奪われていた。

「……っ」

 一瞬で重なった唇は柔らかくて、優しくて、けれど確かな熱を帯びていて。今までで1番近い距離で見た東堂君の顔に驚いて目を瞑れば、軽いリップ音と共に唇が離れていく。慌てて顔を上げようとしたのに、東堂君の胸にぎゅっと抱きしめられていて、身動きが取れなかった。

「今の顔は見られたくないから、ちょっと待ってくれ」

 熱のこもった声で囁かれて、必死に彼の腕の中で頷く。東堂君の心音と自分の心音。もうどちらの音かわからないぐらい早鐘を打つ鼓動だけを聞きながら、頭の中はもう真っ白になる。多分、もう一生忘れない。
 抜けるような青空の下、一瞬だけ見えた東堂君の真っ赤な顔。私が彼を思うのと同じくらい、彼が私の事を好きでいてくれたら、こんなに幸せな恋はないと思った。

 
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