企画提出(お題 : 夏 背伸び 距離) 葦木場

 校内で誰よりも背が高い彼はとても穏やかで優しくて。時々何を考えているのか予想もつかなくて、驚かされる事もあるし、無自覚に振り回される事もある。ふにゃりと柔らかく笑ったと思えばピンク色のロードバイクに乗った途端、エースの顔に一瞬で変わってしまう。そうかと思えばサイクルジャージを脱ぐと、またぽやぽやした大型犬みたいな顔を見せてくるから本当に困る。片思いをしていた頃から、付き合い始めた今も変わらず私は彼に勝てる気はしない。日増しに大きくなってしまう「好き」という感情を持て余しながら、いつかは身動き取れなくなる日が来るのかもしれない。
 バレンタインには好きだと言えず、けれどこのまま友達でいるのは苦しくて。春に意を決して告白をしたら「え、オレも好きだったんだよ。一緒だね」なんて照れた顔で笑った葦木場くんと恋人になった時は夢を見ているのかと思った。
 そんな大好きな葦木場くんと恋人になった初めての夏。部活に忙しい彼の邪魔になりたくはないから、デートは一度もした事がないし寮生の彼とは登下校も別。お昼休みの時間も自転車競技部のメンバーと部活の事を話している事が多いから、一緒にお昼を食べた事もない。その上、クラスも違うから私と葦木場くんが付き合っている事を知っている人は少ないとは思っていた。仲の良い友人達にすら「ねぇ、本当に付き合ってるんだよね?」なんて言われる程度には彼との接点が少なすぎて段々と自信がなくなってしまう。そんな不安な気持ちで迎えた夏休み目前の終業式。焦りとモヤモヤした気持ちにトドメを刺したのは、同じクラスの黒田雪成だった。
 
「は?おまえ拓斗と付き合ってんの?」
「……黒田も知らなかったんだ」

 話の流れで葦木場くんと付き合っている事を話した瞬間、黒田の見開いた瞳と驚いた顔に泣きたくなった。葦木場くんと付き合い始めて三ヶ月。いつも一緒にいる黒田すら知らないという事実にショックを隠しきれない。

「なんか段々、本当に付き合ってるのか不安になってきた」
「いや、まぁ。オレらもあんまりそういう話ってしねぇからさ。おまえらもあんま学校で喋ってねぇし」

 上目遣いに黒田の顔を見れば見るからにヤベェ、めんどくせぇ、と書いてあって視線を逸らされる。あの黒田が気を遣うレベルに私から悲壮感が漂っているのか、哀れんだ視線を向けられて虚しい。

「で?いつから……え、春?もう3ヶ月以上経ってんの?」

 葦木場くんと仲の良い黒田が本気で驚いている反応とストレートな言葉にダメージを負う。黒田なりに言葉は選んでそうだけれど、容赦なく突きつけられる事実に胸がぎゅっと痛くなる。

「私が葦木場くんを好きすぎて夢でも見てたのかな」
「いや、これで付き合ってませんでしたって話ならホラーすぎんだろ」
「誰と誰が付き合ってないの?」

 思わず盛大なため息をついて、瞳を閉じる。窓の外では蝉の鳴き声が煩くて、モヤモヤした思考を更に鈍らせる。一瞬、大好きな彼の声が聞こえて、ゆっくりと瞳を開けると目の前には葦木場くんがいた。私の机の横に202pの体で膝を抱えるように小さく座りながら、心配そうに見上げている。

「ミョウジさん、体調悪い?」
「いや、おまえのせいだろ」

 黒田の呆れた声に葦木場くんは「え、なんで?」と不思議そうに首を傾げる。黒田は何か言いかけたけれど、盛大に溜息をついて「言いたい事あるならちゃんと言えよ」とだけ私に告げて、葦木場くんに席を譲ると荷物を持って教室を出て行ってしまった。
 ゆっくりと顔をあげると、葦木場くんは少し迷った様子で黒田の席に座る。心配そうに私を見つめる瞳は相変わらず優しい。

「ミョウジさんが元気ないのはオレのせい?ごめん。オレ、気が利かないから何かやってたかも」

 なんて答えれば良いのだろう、と思うと言葉が見つからなくて何も言えなくなる。周りの席の子達は徐々に減っていって、教室の中には最終的に私と葦木場くんだけが残された。一緒に帰ろうと誘ってくれた友人達を断り、葦木場くんと無言で向かい合う時間は嬉しい気持ちが反面、苦しさもある。彼は何か自分がしたのではないか、と不安そうな顔をしていたし私の体調を何度も気遣ってくれた。まっすぐな葦木場くんの視線を見つめ返す勇気がなくて。二人きりになった教室の中で、窓の外をぼんやりと見ているとモヤモヤとした気持ちとは裏腹に澄んだ青空がどこまでも続いていて、白い入道雲が空に浮かんでいて当たり前だけど夏だなあ、なんて思ってしまった。

「ミョウジさん、オレに怒ってる?」
「怒ってるわけじゃないよ」

 自分でも可愛くない言い方だと自覚はあった。葦木場くんは心配してくれているし、自分に原因があったのかと聞いてくれているのに。きゅっと下唇を噛んだ葦木場くんが瞳を伏せるのを見て、申し訳なさと悲しさが滲む。彼は本当に私の事を好きなのかな、なんて自信がなくなってきたなんて言い出せるはずもなかった。

「……うまく、言えない」

 だって、すごく好きだから。葦木場くんの事が好きで、彼が私の事を好きだと言ってくれたことが嬉しくて。時々、時差のあるラインのメッセージも嬉しいし、廊下で目が合うとふにゃりと笑ってくれる事が好きだ。購買で偶然会えた時には「今度、一緒に食べようね」と内緒話みたいに照れた顔で言ってくれたことも覚えている。

「オレには言えないけど、もしかしてユキちゃんになら話せたのかな。それなら邪魔してごめん」

 葦木場くんの大きな手が落ち着かない様子で私の机の上をピアノを弾くみたいに指先が動く。一瞬の無言の後、ぎゅっと拳を握りしめたから、はっとして顔を見たら悔しそうな顔。悲しそうに伏せた瞳に、大好きな人にこんな顔をさせてしまった事がとても悲しかった。

「違うの、そうじゃなくて!」

 こんな時、どうすればいいのだろう。上擦った声で否定したものの、どう伝えれば良いのかわからなくなる。彼が悪いわけじゃない、けれど黙っていたら伝わらないし、このまま距離ができてしまう事も嫌だった。目の前の大きな手に触れる事も、優しい瞳を見つめ返す事もできないのは悲しい。付き合っているはずなのに、まだ私は片思いの延長線上にいるような気がした。

「黒田にも私と付き合ってる事話してないんだな、と思って。友達にも本当に付き合ってるの?って聞かれたりとかもあったから自信なくなっちゃって」

 情けなくて語尾が段々と小さくなる。葦木場くんの顔が正面から見れなくて、私の視線は青空へと逃げた。

「葦木場くんと私、本当に付き合ってるのかなって」
「え!付き合ってないの!?」

 自分で言って泣きそうになった瞬間。急に葦木場くんが勢いよく立ち上がるから驚いた。黒田の机は勢いで倒れているし、202センチの上空から見下ろされた威圧感に思わず息を飲む。

「まさかオレの勘違いだったってこと!?」
「あの、私がそう感じちゃったって話で」
「ミョウジさんのこと、オレが勝手に彼女だと思い込んでたってこと?」

 目を見開いて呆然としている葦木場くんに圧倒されていると、彼はあからさまにショックを受けた顔で倒してしまった黒田の机をよろよろしながら元の場所に戻す。目の前で明らかにしょんぼりしている彼の姿に頭の中は混乱してしまう。

「彼女だと思ってくれてるなら嬉しい。告白したのは私の方だし」
「なんで言われたかも覚えてるよ。だって嬉しかったから」

 椅子に座り直した葦木場くんの顔は真っ赤で。耳まで赤くなっている彼から向けられる感情は私が抱えている思いと同じで。なんでもっとちゃんと話さなかったんだろうと後悔すら抱く。
 深呼吸を一つして、気持ちを落ち着かせて。葦木場くんの瞳から出来るだけ目を逸らさないように私は自分が抱えていた思いを吐き出した。周りに付き合っている事を知られたくないと思っているなら教えて欲しいこと、本当はもう少し一緒に過ごす時間が欲しいこと、それから。

「あのね、もうちょっと葦木場くんとの距離が近くなりたい」

 葦木場くんは私の言葉を黙って聞いていて。時々、変なリアクションをしていたような気もするけれど多分口を挟まないように努力してくれていたと思う。最後に呟いた本音が恥ずかしくて、自分でも顔が赤くなっていくのがわかった。一気に吐き出してしまったものの、後から何を言っているのだろうと恥ずかしくてたまらない。
 無言の空気の中、窓の外では蝉がうるさいぐらいの自己主張をしていた。もっと私も早く言えば良かったのかな、なんて思っていると黙っていた葦木場くんが急に私の手を掴んだからびっくりして飛び上がってしまった。

「ごめん、ミョウジさんがそんな風に思っていたの全然わかってなかった。むしろオレ色々と間違ってたのかも」

 ごめんね、と呟いた葦木場くんは言い訳かもしれないけど、と眉毛を下げながら、私の手を引き寄せる。手を繋いだだけでドキドキが止まらなくて机が二人の間にあって良かったのかもしれない。

「学校で彼氏ヅラする男は鬱陶しいって聞いて。あと友達との時間を邪魔されると女の子は嫌だって聞いたから我慢してた……ユキちゃん達には話そうと思ってたんだけど、話そうとすると顔がニヤニヤしちゃってなかなか言えなくて」

 それ、どこ情報?って聞こうかと思うぐらいには葦木場くんの考えは偏っていて。けれど話す度に顔が落ち込んでいく彼を見ていると、もう何も言えなくなる。優しい彼はどうやら私の事をちゃんと考えてくれていたらしい。廊下で見かける涼しい顔からは想像もつかなかった思考回路に思わず口元が緩んでしまった。

「オレも一個、お願い事あるんだけど」
「うん。言って?もっと色々お互いちゃんと話をして仲良くしたい」
「お前達、いつまでも教室に残ってるなよ!エアコン切るぞ!」

 いい加減に教室から出るように廊下から先生に声をかけられたから、二人で一緒に下駄箱へと向かった。階段をゆっくりと降りながら、先に歩いていた葦木場くんが振り返ると少し恥ずかしそうに頬を掻く。

「ミョウジさんのこと、ナマエちゃんって呼びたい」

 優しい声で下の名前を呼ばれるのは初めてで。嬉しさと恥ずかしさで頷けば、葦木場くんの顔にも笑顔が広がる。

「あと、オレの事も拓斗って呼んで欲しい」

 二段下の階段から私を見つめているのに、まだ彼の方が視線が高い。202センチの高身長なのに葦木場くんの瞳はまるで子犬みたいだった。こんなに近くで彼の顔を見るのは初めてで、なんだかとてもドキドキするのに気持ちは穏やかだ。そっと手を伸ばせば、遠慮がちに繋いでくれた手が大きくて安心する。

「二学期は一緒にお弁当も食べようね、拓斗」

 手を繋いで並んで歩くと、葦木場くんの顔は遠くなるけれど。ほんの少し背伸びをして彼の頬に手を伸ばすと慌てて体を屈めてくれるから、また視線が近くなる。右頬のハートのほくろにそっと触れて、願うように呟けば「もちろんだよ、ナマエちゃん」と葦木場くんが頷いてくれたから、二人で顔を見合わせて思わず吹き出してしまった。
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