遠距離中の黒田と海へ行く話

 黒田雪成は顔が良い。目つきが鋭いから腕を組んで黙って立っていれば近寄りがたい冷たい雰囲気もあるけれど、ふとした瞬間に笑ったりするから、一気に印象が変わる。
 会話の返しも上手いし、頭の回転も早いから割と会話も誰とだって弾むし、口煩いけど後輩の面倒見もいい。足も速いし、自転車競技部なのにバスケも上手いし、高校最後の体育祭も球技大会も彼はヒーローだった。卒業式は同級生から後輩まで「彼女がいるのは知っていたけれど、黒田くんが好きだった」という告白をした人が何人もいた事を実は私も知っている。雪成は涼しい顔で、私の前では告白された事も呼び出されていた事も微塵も感じさせなかったけれど、人づてにでも聞きたくない話題は勝手に耳に入ってくるものだ。
 なので、私は黒田雪成がモテる事を知っているし、ムカつくほどにかっこいい事も理解している。だから、車の免許をとったから海に行こうなんて誘ってきた雪成に、本音を言えばもっと自衛して!なんて的外れな事を思ったし、日焼けするのは嫌だな、なんて考えたりもしたけれど、バイト代でレンタカーの手配もしていた彼の行動が嬉しくて、私も結局、浮かれて新しく水着を買ってしまった。
 「着替えて15分後に集合。遅れんなよ」なんて部活の集まりみたいな言い方で一旦別行動をした私達だけど、髪を直したり、日焼け止めを塗り直していたら約束の時間よりも5分遅れてしまった。「おっせぇよ!」って怒鳴る不貞腐れた雪成の顔を想像して顔を緩ませながら砂浜を走った先で、私が見た衝撃の光景に言葉を失った。

「……雪成が美女に挟まれてる」
 
 多分年上であろう美人二人に挟まれて、真っ赤な顔をしているのは誰ですか。私の彼氏の黒田雪成で合ってますか。この炎天下の砂浜に似合わないほどの白い肌の女の人と、私よりも1……いや2カップくらい立派な胸元なのに細い腰の綺麗な女の人が雪成の両側に立っていた。思わず呆然としながら、ゆっくり近づけば「腹筋凄いねー!」なんて綺麗なネイルの指先が雪成の肌に近付いたから、思わず自分でもびっくりするぐらい大きな声で雪成の名前を叫んでしまった。

「雪成!」
「あ、彼女ちゃん?彼氏、待ちくたびれてたよ」
「ユキナリくんって言うんだ。可愛いね」

 綺麗なお姉さん二人は私の姿に気がつくと、ニコニコと笑いながら雪成と私に手を振って去っていく。後ろ姿も綺麗で足も長い。私の前にあんな綺麗なお姉さん達を間近で見てしまったら、もうダメだ。慌てて着替えて出てきたから、手に掴んだままにしているラッシュガードのカーディガンを広げたらくしゃくしゃになっていて、なんだか泣きたくなってくる。

「ナマエ、おまえ、そんな格好で出てきたのかよ!」

 慌てた顔で駆け寄ってきた雪成は私の手からくしゃくしゃになっているカーディガンを引ったくると私の肩に無理やりかける。ナンパされていた癖に何言ってるんだと睨むように顔を上げれば、さっきよりも真っ赤になっている雪成の顔。微妙にニヤついた、それを隠そうとしてへの字に曲がった雪成の変な顔。視線を泳がせながら、私の水着を隠すみたいに下手くそな結び方でカーディガンのリボンを結ぶ。

「……雪成、ナンパされてたの?」
「あ?ちげーよ。急に声掛けられたんだよ」

 それは雪成くん、間違いなくナンパですと思ったけれど、余分な事を言えば喧嘩になるのはわかっているから大人しく口を閉ざしておく。雪成が下手くそな縦結びで私のリボンを結んでくれたから、私は雪成のジッパーをあげて彼の腹筋を隠す事にした。
 鍛え上げられた雪成の体は太腿も二の腕も、腹筋も細身なのにがっしりしていて。いわゆる細マッチョの体格なので、海辺で晒しておくのは危険すぎる。

「水着、新しく買ったんだな」

 視線を伏せて、どこか照れた顔で呟く雪成は、いつもよりもしっかりと手を繋いでくれた。彼がいつの間にか準備してくれたビーチテントの中に一度手荷物を置きに戻ると、高校を卒業して、大学は離れてしまったから久しぶりの二人の時間にドキドキする。

「せっかく雪成が海に誘ってくれたから、ね」
「去年、プールで見たやつとちげーなと思ったんだよ」

 背中を向けてパーカーを脱いだ雪成の耳は少し赤くて。日焼けのせいかなと思いながらも、正面から顔を見たら言えないけれど、顔を見なければお互いに素直になれるかもしれない。

「えー、それだけ?他に言うことないの?」

 可愛いとか、似合うとか。そういう言葉を口にするのが苦手な事は知っている。口を開けば悪態が先に出るのはお互い様で、好きの代わりに馬鹿と何度言ったし言われた事があったかわからない。

「……なんか言って欲しい事、あんじゃねーの?」

 やっぱり雪成は素直じゃない。一瞬、迷った癖に意地悪な言い方をして、私の方をちらっと振り返る。ニヤッと笑った口角は全部見通しているくせに、素直じゃない。ビーチテントの入り口から潮風が入ってきて、早く海に入りたくなる。けれど、なんとなく二人の空間も捨てがたくて、お互い暑いと思っているはずなのに、テントから先に出ようとはしないあたりが馬鹿だなぁと思った。

「雪成が言いたい事、言えばいいじゃん」
「いや、ナマエが何言って欲しいとかわかんねーし」

 逞しい背中に懐かしさを感じるほどに遠距離は寂しい。少し迷ったけど、雪成の背中に抱きついて、腹筋へと手を回せば、骨ばった手が重ねられる。体を揺らして笑いを堪えている雪成は、高校の時よりもやっぱり大人になったんだなと思った。半年前の高校の時なら今頃、「そんなんでわかるか!バーカ!!」と今頃お互いにキレていた気がした。
 不意に雪成の両手が私の両手を掴んで、ぎゅっと引き寄せられる。熱い背中に頬を押し付けながら目を閉じたら、熱と鼓動に感情が煽られる。

「離れてんのは寂しい、って思ってた。やっぱ、すげー好きだなと思ったし、新しい水着でぼけーっと突っ立ってたナマエを見たら、他のヤツには見せたくねーなと思った。さっさと海に入りてーなって思ってるけど、もうちょい後でも良いかなーとも思ってる」

 何言ってんのか意味わかんねー、なんて笑う雪成の声が優しい。私も遠距離になって、離れた事で少しは素直になれるのだろうか。

「私もね、雪成と同じ気持ち」

 背中に触れるだけのキスをして。泣きたくなるような幸せを噛み締めたら、間髪入れずに「オマエ、そこはちゃんと言葉にして伝えるとこだろ!」と雪成のツッコミが入ったから、二人で思わず吹き出してしまった。

「私、雪成のことめちゃくちゃ好きだよ」

 大好き、なんて綺麗な感情じゃないかもしれないけれど。全部ひっくるめたらそう言うことなんだと思ったら、なぜかスッキリして顔が緩んでしまう。雪成は、掴んでいた両手を解いて真っ赤な顔で振り返って私の顔を覗き込んだ。
 大好きなまっすぐな瞳がゆっくりと近付いて、軽く啄むようなキスを重ねると照れ臭そうに笑って、私の手を引いた。

「そろそろ海に入ろうぜ。二人でのぼせてぶっ倒れたら海まで来た意味がねぇわ」
「私、浮輪、膨らませてくる」

 荷物の中から浮輪を探して、テントを出ると夏の日差しに頭がクラクラした。

「だーかーらー!一人で行くなって言ってるだろ!」

 わかってねぇな、と舌打ちする雪成に浮輪を取り上げられて、そのまま手を繋いでビーチハウスへと向かう。浮輪の空気入れを借りていると、背後にはさっき雪成に声をかけていた女の人が二人いて、不意にそっと耳打ちされた。

「あなたの彼氏、ずーっとそわそわしてたの。からかってごめんね?あなたがくるまで、ずっと百面相みたいになってたから面白くって」
「そのくせ、声掛けたらめちゃくちゃ塩対応なの。彼女と待ち合わせなんで、って真顔で返されちゃった。彼女のこと、大好きなんだねーって言ってたらあなたが来たから可笑しくて」

 綺麗なお姉さん達はとても甘い香りがして、笑う声も可愛くて。近くで見ると本当に素敵だ。思わず隣に並ぶと貧相な自分、特に胸元の寂しさに切なくなるけれど、雪成は心動かされなかったんだろうか。

「ナマエ、準備できだぞ」
「ナマエちゃん、頑張ってね」

 背中を綺麗なお姉さんの指先でトン、と押し出されて。思わずそのまま雪成の腕に飛びつけば、一瞬びっくりした顔をしたけれど、雪成の腕がそのまま腕を絡め取ってくれた。
 青い空と白い砂浜。じりじりと焦がれるような夏の陽射しに灼かれながら、早く雪成の笑顔を独り占めしたくて、私は雪成と砂浜を駆け出していて、波打ち際へと足を踏み入れる。子供みたいな顔で笑う雪成に浮輪を被せられて、どんどん浅瀬から遠ざかっても、少しも怖くないのは、繋いだ彼の手が絶対に離れない事を知っているからかもしれない。
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