2024隼人くん誕生日

 隠し事が下手な事は高校の頃から知っていたけれど、何年経っても嘘が下手なナマエはなぜ毎年飽きもせずに隠し通そうとするのだろう。

「隼人の誕生日?別に特に考えてないけど?」

 ナマエが嘘を吐く時は目が泳ぐ。それはもうわかりやすいほどに視線が合わないし、やたらと指先を触るからよくわかる。去年は家に帰ったら大量の風船が飛んでいたし、その前の年は起きた瞬間にクラッカーを鳴らされて、リビングがパーティー仕様になっていた。付き合い始めた高校三年生の誕生日に年の数だけパワーバーを花束みたいにリボンをつけて差し出された時に本当に面白い奴だなと思ったけれど、その後も毎年手を変え品を変え、オレの誕生日を祝ってくれるナマエには本当に感謝している。

「そうなのか?それは寂しいな」

 誕生日の前夜、わかりきった嘘に返事をすれば目をギラギラさせたナマエがやたらと早くオレを寝かせようとするから笑いを堪えるのに必死だった。

「隼人、疲れてるよね?今すぐ寝て。5分以内に寝て」

 まるで子供を寝かしつけるみたいに、接触冷感のタオルケットをオレに掛けるとお腹を優しくさすってくる。チラチラと時計を確認しているナマエは、この後何をするつもりなのだろう。
 冷蔵庫を占拠していた肉の塊の仕込みをするのか、それともお菓子作りが得意な友人がやたらと遊びに来ていた事を考えると、ついにケーキを手作りしてくれるのだろうかと頬が緩みそうになる。学生の頃に岩石みたいに硬いチョコブラウニーをバレンタインに貰って以降、お菓子作りをナマエは封印すると言っていたから、そろそろ解禁なのだろうか。

「ねぇ、ニヤニヤしてないで早く寝て!」
「わかったって。ナマエはまだ寝ないの?」
「私はこれからやる事が……何にもないけど、眠くないから友達と電話する予定があるんです」

 咳払いを一つして、ナマエが眉間に皺を寄せる。これはニヤけるのを我慢している時の顔だ。三連休中なのだから、今夜はゆっくりイチャイチャしようなんて思っていなかったと言えば嘘になる。けれど、今年も何かサプライズを考えているナマエの様子を考えると、今夜は早めに寝た方が良さそうだ。

「ん、わかった。おやすみ」

 額に触れるだけのキスで終わらせておこうと思ったけれど、やっぱり少し諦めがつかなくてナマエの唇にもキスをする。いつもなら、首に回されるナマエの腕が一瞬だけ迷った後に軽く押し返してくるから、やっぱり流されてはくれないのかと残念に思いながらも、ひんやりとしたシーツに体を預けて瞳を閉じる。いつもなら、すっぽりと腕の中に収まるナマエが入ってこない事が寂しいけれど、今年は何をしてくれるのかと気持ちがはしゃぐ。
 そのまま20分ほど寝たふりをすれば、ナマエがオレの顔を覗き込む気配がして、物音を立てないようにベッドから降りる気配がした。息を殺して、足を忍ばせているのに廊下に出た瞬間、スマホを落とした音には不意打ちすぎて笑いそうになったけれど、必死に堪えたオレは偉いと思う。
 耳を澄ましていると、ナマエの話し声が僅かに聞こえて、誰かと通話をしながら作業をしているらしい。冷蔵庫の中身から察するに、明日はフルコースでも作ってくれるのかと思えるほどに食材が詰まっていたし、ワインも冷えていた。
 つい先日までは家にはなかったはずのタルトの型がカウンターの上に置いてあったし、クッキーを通り越してタルトは大丈夫なんだろうかと一抹の不安がないわけでもない。

「……毎年、本当嬉しいよなぁ」

 ナマエと付き合ってから、誕生日は本当に楽しみなものになっていて、毎年彼女に愛されている事を自覚する。正直、今頃リビングで孤軍奮闘しているであろう彼女が見たくてたまらないのだけれど、それではサプライズを考えてくれるナマエに申し訳ないので我慢する。
 段々と深夜の飯テロか?と思えるほどに美味そうな匂いがして腹が減ってきたが、ここは耐える以外に選択肢はない。
 彼女が祝ってくれるオレの誕生日は、毎年手が込んでいるのに絶対に当日まで教えてはくれない。何にも用意していません、みたいなわざとらしい顔をし始めるのが大体8月に入ってからで、嘘が下手なナマエはわかりやすいからオレも気付かないフリをするのが毎年恒例だった。何らかの驚きを与えられる覚悟はしているけれど、年々パワーアップしていくナマエのサプライズにニヤつく顔を抑えながら、友人との飲み会で自慢するのも楽しくてたまらない。
 結局、ナマエがベッドに戻ってきたのは3時間後。日付は越えたから、もうオレの誕生日だ。寝たふりを続けながら、寝ぼけたフリをしてナマエを抱き寄せると今度は素直に体を寄せてくれる。

「隼人、誕生日おめでとう。これからもずっと一緒にいてね」

 胸に頬を擦り付けるようにして、腕の中に収まったナマエの甘えた声。可愛くて、愛しくて、たまらなくなって、今すぐ強く抱きしめたい衝動を必死に隠しながら、ナマエの髪に頬を寄せる。そのままナマエの寝息がしばらく経つと聞こえてきて、オレもつられて眠りへと落ちた。

 翌朝、目覚めた時には腕の中にはナマエはいなくて。リビングへと迎えば、すでにダイニングテーブルには豪華な朝食。

「おはよう、隼人。誕生日おめでとう!」
「ありがとう。お、今年も手が込んでる。本当、毎年ありがとう」

 一番目を引くのは、パワーバーがジェンガのように積み上げられたダイニングテーブルの中心。所々に何かメモが挟まっているから、これは何かのゲーム用なのだろう。

「なぁ、コレは?」
「それは後のお楽しみ。プレゼント、そのまま渡すのも味気ないなぁと思って」

 隼人の誕生日はまだ始まったばかりだよ!とニヤリと笑うナマエと目が合ったら、嬉しくて思わず駆け寄って抱きしめていた。今年も、来年も、その先もずっと。オレの誕生日を祝ってくれるナマエの姿を想像したら、堪らなくなって思わず口走りそうになった言葉を慌てて飲み込む。

「ん、後の楽しみにとっておくよ」
「あれ、崩した方の負けだからね」

 深夜にパワーバーを真顔で積み上げていたであろうナマエの姿を想像すると、顔が緩んで止まらなくなる。

 なぁ、ナマエ。今年も一生懸命考えてくれてありがとう。オレを好きになってくれてありがとう。ナマエが一生懸命に考えてくれた、今日という一日が終わったら、オレも言いたい事があるから、今夜はずっと傍にいてくれよ。

『これから先の人生、オレの隣にずっといて下さい』

 何度も頭の中で繰り返す、未来の約束。オレのそんな思惑なんて、少しも知らないナマエがオムレツに歪なハートを描きながら、幸せそうに笑っていたから、一生この顔を隣で見ていたいと強く思った。
- 4 -
[*前] | [TEXT] [次#]
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -