似た者同士

 最近、何となくナマエの元気がねぇなと思ってはいても、優しくしてやれるほどの余裕が自分にもなく。仕事が忙しいのはお互い様で、互いの職場の話から若干のブラック企業感を感じながらもそれを認めたら、どちらかが潰れるような気がして言えずにいた。
 忙しいけれど辞めたいわけじゃない。仕事がつまらないわけじゃない。やりがいがあるからこそ、前日疲れた顔で帰ってきても、次の日の出勤には背筋を伸ばして「行ってきます」と歩き出すナマエを見ていると、オレも負けてられねぇなと思うし、情けない姿は見せたくはない。負けず嫌いなところ、意地っ張りなところ。オレとナマエは多分、よく似ている。傷は舐め合わないし、なんなら今までの関係性を考えれば、オレはナマエの傷に塩どころか唐辛子を塗り込むような事を言ったし、ナマエも似たようなものだったと思う。
 一歩間違えたら天敵になりそうなナマエとの関係がどこをどうして恋になったのかはお互いに今でも謎だけれど、気がつけば恋人になって、一緒に暮らすようになっているのだから人生何が起こるのかわからない。
 恐らく、お互い似た者同士で思考回路が似ているから一緒にいるうちに居心地が良くなった事が理由だと思うけれど、ナマエは言わないし、オレも聞かないから推測でしかない。
 だから、そんな捻くれたオレが何となく元気のないナマエに昨晩言ったのは励ましの言葉でも気遣う言葉でもなく「明日の夕飯、焼肉行かねぇ?」だった。
 最近は割と仕事も早く終わって以前みたいに21時を過ぎて帰る事はなく、お互い19時頃には仕事が終わる。オレとナマエの互いの勤務先から真ん中あたりの店で待ち合わせれば、20時には店に入れる計算だった。
 一瞬黙ったナマエが少し考えた後に小さく頷いて、内心ほっとしたけれど、それはあえて口にはせずに黙っておいた。昨晩は背中合わせに早めに寝て、今朝も互いにいつも通りに出勤をする。
 昼休みにナマエから届いたメッセージには「早めに終わるように頑張るね」と短い一文。メッセージに気がついたのは届いてから30分以上は経っていて、ナマエが目を通すかはわからないけれど「オレも頑張るわ」とだけ返した。ナマエの素っ気ないメッセージは昔からで、本人に言わせれば付き合い始めた高校の頃に『用がねぇのに送ってくるな』とオレが言った事が理由らしい。そんな事言ったか?覚えてねーわ、って言った時にナマエから向けられた冷たい視線は割と本気だったけれど覚えていないものは仕方がない。
 そんな懐かしさとガキだった頃と大して変わっていない社会人の自分に若干の申し訳なさを感じつつ、いつもよりもハイスピードで案件を片付けて帰路に着く。恐らく繋がらないと思いながらナマエに連絡をすれば、すぐに繋がって、どうやら彼女も店に向かう所らしい。
 考えてみれば仕事の後に待ち合わせなんて、久しぶりの事だ。オレもナマエも内心割と浮かれていたのかと思うと、やっぱり似ているのかと思って、自然と口角が上がるような気がした。

「急にユキが焼肉行こうなんて珍しいね。何かあった?」

 店で待ち合わせて、食欲を誘う香りの店内に入る。平日なのに割と店内には人が多くて予約をしておいて良かったと思った。ナマエは不思議そうにオレを見上げていたけれど、なんかあったのはおまえの方だろ、とはさすがに言いにくい。
 適当にお互いに好きな物を頼みながら、明日も仕事だからと烏龍茶で乾杯をする。網の上に並んだ牛タンに視線を落としたナマエは昨晩よりは、表情が明るいような気がした。

「別に何もねーよ。久しぶりに肉が食いたくなっただけ」
「そう?何か聞いて欲しい事でもあるのかと思った」

 ジュ、という美味そうな音を立てて肉が焼ける。ナマエは少しだけほっとしたような顔をして、オレの皿へと取り分ける。

「ナマエはねぇの?なんか聞いて欲しいこと。吐き出したいことでもいいけど」

 空いたスペースにロースとカルビを詰めて焼くと、ナマエに一度に焼きすぎだと怒られた。いや、だって腹が減ってたから仕方がないし。

「ないわけじゃないけど、今は良いかなぁ。せっかくのご飯だし、楽しい話にしようよ」
「なに。仕事のこと?それともプライベートか?」
「心配してくれてる?」

 ふふ、と笑ったナマエは網とオレの顔を見比べて、ユキも優しくなったねー、なんて呟く。どことなく嬉しそうな顔して納得してんじゃねぇ、結局話す気ねぇのかよ。

「こっちが聞いてんの。質問に質問で返すな。気になんだろ」

 美味そうに焼けた肉をナマエの皿へと乗せる。男ばかりで焼肉なんて行けば、学生の頃から網の上は肉しか乗っていなかったけれど。隙間にエリンギやピーマンを乗せるようになったのはナマエと付き合い始めてからだった。それでも、つい空いたスペースが出来れば肉を本能的に焼きたくなる。高校の同級生や先輩、後輩なんて手のかかるやつか、口の煩いやつか、何にもやらねえやつが多かったから、いつも焼く羽目になっていた事を思い出した。

『黒田さーん、オレにロース焼いてください』

 一瞬、脳内に浮かんだ後輩の緩んだ笑顔を思い出して、反射的に特上カルビを立て続けに網に投げ込む。それを見ていたナマエは脂が落ちて火が上がる瞬間、「ちょっとユキ!入れ過ぎ!」と慌てていた。

「いいから、言いたいことあんなら隠すなよ。聞いてやるくらいなら出来るし。オレ、もしかして何かした?」

 心当たりがあるのかと言われれば特にはない。けれど、絶対にないとも言い切れないのが正直、情けない。ナマエは慌てて網の上の肉を焼きながら、オレの顔を見て吹き出す。
 
「実は結構、心配してくれてた?」
「そう思うなら、たまには頼ろうとか思ってくれねぇ?」

 似ているからこそ、わかること。理解しているからこそ、弱音を吐かないこと。オレもナマエもめんどくせぇやつだよなぁと思いながら、とりあえず空腹を満たす事を考える。

「ねぇ、ホルモン焼いていい?」
「馬鹿か。こんな最初からホルモン焼いたら焼け野原になるだろうが!オレは高校の時に網の上の全ての肉を燃やし尽くした男を見た事があんだよ」
「それ、誰かわかる気がする」
「多分、ナマエの想像してるやつで合ってるよ」

 他愛もない会話、上手い飯。にこにこと笑うナマエが結局オレに元気のなかった理由も、弱音を吐き出す事もなかったけれど。まぁ、美味いモノ食って、笑えるならそれで良いかなと思う。似ているからこそ、オレ達は多分、これでいい。情けないところ、カッコ悪いところ。見せない努力も知っているし、それにお互い気付いてしまう事もわかってる。

「ユキ、ありがとう。元気出た」
「そりゃ良かったな。オレの時も頼むわ」

 立ち止まりたくなったら、それでもいい。背中押せっていうなら押してやる。けれど、どうせ何も言わねぇのはわかってるから、オレも勝手に元気にさせる方法を考える。隣をみればオレがいる事、それだけわかってくれてりゃ、何でもいいかと思いながら、デザートを真剣に悩んでいるナマエを不意に見て、内心ほっとしている事、どうせバレているのだろうと思うけれど、笑顔が戻るならそれだけでいい。
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