メロンパンで片恋を自覚する東堂

 教室の窓際、女子が数人ほど集まっていた席から聞こえたのはミョウジの明るい声。はしゃいだような弾む声色はなぜか不思議と耳に入りやすく、無意識に視線は声の主へと向いていた。

「本当、美味しいんだよ!絶対損はしないから騙されたと思って食べて欲しい!」
「ナマエ、メロンパン毎週食べて同じ事言ってるよ」
「だって本当に美味しいもん。外はサクサク、中はふわふわだよ!」

 はしゃぐミョウジの右手にはメロンパン。高々と掲げたメロンパンを嬉しそうに見上げているが、毎週確かに同じ事を言っているような気がした。確かに購買のパンは美味いと有名で、同級生や後輩もこぞって金曜日になるとパンを買っていると聞いた。部室でも金曜日になるとチョコクロワッサンが美味しかった、コッペパンには勝てない、など購買のパンの話題で盛り上がっている事も多い。菓子パンは正直、それほど買った事はないので周りほどこぞって買いに行く心理がわからないというのが本音だが、周囲の評価を聞くとそれなりに味が良いのだろう。
 ミョウジはそれほど普段、騒がしいタイプではないし落ち着いている女子だと思う。だが、そんな彼女が毎週金曜日になると嬉しそうにはしゃいで友人達にプレゼンテーションでもするが如くメロンパンについて熱く語るのは最初は意外だったが、段々と今日もメロンパンを食べるのかどうか気になるようになってしまった。
 特に意識して見ているつもりはなかったが、朝の時点でやたらと足取りが軽い日はメロンパンを朝から注文しているし、四限目のチャイムが鳴る時には浮き足だっている。そんな普段落ち着いているクラスメイトが浮ついた姿を見せるほどに余程魅力的な味なのだろう。

「東堂くん」

 しかし、メロンパン一つが昼ご飯というのは少なすぎないだろうか。弁当を追加で食べている姿は見た事がないし、メロンパンはカロリーが高いと話していたから、おそらくあえてなのだろう。

「……東堂くん!」

 ぼんやりとミョウジに視線を向けていると、いつの間にか目の前に彼女がいた。顔を覗き込まれて、驚くと同時に一方的に見つめていた事実に申し訳なくなる。一瞬、反応が遅れた事を気取られるのが嫌で、出来るだけ平静を取り繕うとする自分に驚いた。

「どうした、ミョウジ」

 彼女を見ていた事を指摘されたら微妙に気まずいなと苦笑いを浮かべれば、ミョウジはどこかキラキラした瞳でオレを見下ろす。右手に持っているメロンパンからはふわりと甘い香りがして、思わず視線を向けてしまった。

「もしかして、東堂くんもメロンパン好き?」
「いや、そういうわけでもないが。急にどうした」

 ミョウジはオレの鼻先にメロンパンを突きつけると、あれ?違うの?とどこか残念そうに眉を下げる。ゆっくりと口元へと近付くメロンパン。

「東堂くん、じっと見ていたからもしかして好きなのかと思って。良かったら、食べる?」

 ちぎるでもなく、返事を待つわけでもなく。ゆっくりと唇に押し当てられたメロンパンに困惑すると同時に心臓がバクバクとうるさいくらいに騒ぎ出す。ミョウジの真っ直ぐな姿勢と唇に触れた甘い味。優しい香りにつられて口を開き、遠慮しながらも一口齧る。甘くて優しい、メロンパン。サクッとしたクッキー生地の下にはモチモチの柔らかい感触。


「……美味いな」
「本当美味しいよね。東堂くんも好きになった?」

 キラキラと嬉しそうに笑うミョウジを見上げて、心臓はやはり高鳴ったまま。鈴の音みたいな笑い声は耳に心地良くて、もっとずっと聴いていたくなる。

「あぁ、好きな自覚がなかっただけみたいだ」
「よく見てるから絶対気になってると思ってたんだよね。良かったら半分、食べない?」

 ミョウジは満足そうに頷くと、あんなにも楽しみに喜んでいたメロンパンを半分にちぎって、オレに差し出す。彼女の好意を受け取りながらも、ミョウジの昼ご飯が少なくなってしまった事を申し訳なく思った。

「良かったら一緒に売店に行かないか。これのお礼に何か返そう」
「え?勝手にあげただけだから気にしなくていいよ。それに‥‥」

 ミョウジは少しだけ声を顰めると、オレの耳元にほんの少し顔を寄せてまるで秘密を共有するように囁いた。

「実は今日、メロンパン3個買ってるから大丈夫」

 内緒ね、なんてほんの少し赤くなった顔で微笑むミョウジは自分がどれだけ今、可愛い顔をしているのか知らないのだろう。ミョウジの表情を見て、自分の中でストン、と何かが腑に落ちた気がした。女子の話し声の中でも、ミョウジの声に無意識に反応していた自分の行動理由。

「来週はオレも頼む事にするよ。今日は分けてくれてありがとう」
「どういたしまして。私の好きな物、東堂くんも気に入ってくれて嬉しい」

 サクサクのクッキー生地は甘いけれど、尾を引かない優しい味。意図せず自分の抱いていた恋心を自覚すれば、自然と口元に笑みが浮かぶ。オレの反応に気をよくしたミョウジは嬉しそうに笑うと「急にごめんね」とだけ告げると友人達の元へと戻っていった。
 ミョウジと入れ替わるように新開がオレの席へと近づいてきたが、オレの右手に握っていた半分のメロンパンを見て目をキラキラさせる。期待したような友人の視線に気が付かないフリをして、ミョウジから貰ったメロンパンに齧り付けば、優しさと幸せで無防備に自覚した恋心が甘く満たされていくような気がした。
 
- 7 -
[*前] | [TEXT] [次#]
×
「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -