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酔った同棲拓斗はめんどくさい

 日付が丁度変わる深夜。玄関から聞こえた物音に出掛けていた拓斗が帰宅したのだと思った。いつもなら「今から帰るね」とメッセージが届いていたのに今日に限って珍しい。高校時代の部活の仲間で久しぶりに集まって飲みにいくのだと嬉しそうに出掛けて行った彼の浮かれた背中を思い出して、思わず顔が緩んでしまう。

「拓斗、おかえり」
「葦木場さん、ちゃんと歩いてください!」

 リビングのテレビにはゲーム画面をつけたまま。当然、拓斗が1人で帰ってくると思っていたからお風呂上がりにノーメイクでパジャマ。ペタペタと裸足で玄関へと顔を出せば、狭い玄関に拓斗を支えた大柄の男の人が申し訳なさそうに視線を私から避けた。そんな緑の髪の大柄な男の人の背後から顔を出したのは泉田くんで、拓斗のカーディガンとバッグを手に抱えている。

「ナマエさん、ごめん。拓斗、少し飲みすぎたみたいだ」
「あ、泉田くん。荷物ありがとう」
「ナマエちゃん!」

 文字通り、へにゃりと笑う拓斗はいつもより顔が赤くて、声も蕩けて甘えていて。肩を貸してくれていた男の人から離れると、そのままの勢いで抱きついてくるから、思わず立っていられず、膝から崩れ落ちてしまった。

「ちょ、拓斗。重い!」
「え?愛が?」
「違う!」

 ヘニャヘニャと笑いながら、頬擦りをする酒臭い202センチはなかなかに手強い。拓斗が覆い被さっているから立ち上がれなくて、背中をバシバシと叩いているのになぜか彼は幸せそうにへへへ、と笑う。

「……あの、なんかすいません」
「いえ、こちらこそご迷惑をおかけしてすみません」

 緑髪の大柄の人はとても真面目なのだろう。私にしがみついている拓斗を引き剥がして良いのかわからず差し出した手の行き場を無くして戸惑っているようだった。その背後でなぜか泉田くんはスマホで写真を撮って笑いを堪えているから、彼も珍しく酔っているのかもしれない。

「ねぇ、写真とってないで泉田くん、拓斗を剥がしてくれない?」
「あ、ごめん。拓斗の酔いが覚めた時に送ろうと思って」
「爽やかな笑顔で何言ってるの」
「葦木場さん、彼女さん潰れてます」
 
 ふふふ、となぜか楽しそうに笑う泉田くんもほんのり顔が赤いから、それなりに酔っているのかもしれない。緑髪の大柄な人は多分後輩なのだろう。お酒の匂いはしていたけれど、とても冷静だった。
 遠慮がちに拓斗を私から引き剥がそうとしてくれるけど、拓斗はなぜか逆にしがみついてくる。

「いやだ、離れない……!」
「だから、重いから!202センチなんだからしがみついてこないで!」
「でっかいオレが好きだって、ナマエちゃん言ったじゃん!」
「珍しいね、こんなに拓斗が酔うなんて。先輩方にも会えたし嬉しかったんだろうね」
「泉田さん、あの感心してないで助けた方がいいんじゃ……」
「銅橋、2人の仲を引き裂くのはよくないよ」

 あ、ダメだ。これ、泉田くんも相当酔ってるやつだ。真顔で馬鹿な事を言う泉田くんは初めて見たし、銅橋と呼ばれた男の人も若干引いた顔で2人を見比べている。

「あの、拓斗はこちらでなんとかするので泉田くんも送ってあげてください。わざわざありがとうございました」
「いえ、こちらこそ夜中にすみません。鍵、掛けてくださいね」
「じゃあ、ナマエさん。後はよろしく」
「泉田さん、葦木場さんの荷物、持ったままです!」

 指摘された泉田くんは、一瞬動きを止めると拓斗のカーディガンを私に覆い被さっている拓斗に掛けて、荷物は玄関に置いていく。困惑した銅橋くんが丁寧に頭を下げると音を立てないように玄関の扉を閉めてくれた。初対面だけど、とても良い人なのかもしれない。

「ほら、拓斗。ちゃんと立って!」
「うん。わかってるから大丈夫」

 なぜか潤んだ瞳で見つめてくる拓斗は私の額にキスをして、そのままフラフラしながらゆっくりと立ち上がる。私を抱きしめたまま立ち上がるから、当たり前だけど床から数十センチ、強制的に引き剥がされて足がぷらぷらと空を切った。

「拓斗、降ろして?」
「なんで?」

 うるうるした瞳で小首を傾げる拓斗は可愛い。けれど酔っ払いの意味のわからない行動だと思うと、「あ、もう面倒くさいと」思ってしまった。

「玄関、鍵かけなきゃいけないから」
「そうだね。鍵は大事だよね。ナマエちゃんが攫われるといけないから」
「……ねぇ、どれだけ飲んだの」

 不意に真顔になった拓斗は鍵とロックをかけて満足そうに頷く。荷物を拾いあげて、私を抱えたままリビングへと向かう拓斗の頭の中は今、どうなっているのだろう。同じ視線の高さで抱き上げられたら視界がいつもとは違って、顔も近い。長い睫毛を見つめて、そっと頬のハートのホクロに指先で触れてみる。酔っ払ってニコニコしている拓斗はとても幸せそうだった。割とお酒に強い人だからふわふわとした雰囲気は変わらず、いつもと変わらないなと思っていたけれど、今日は相当酔っているらしい。

「楽しかった?」
「うん、すごく。土曜日の夜なのにお留守番させてごめん」
「別にいいよ。自分の時間もお互い必要だし」

 一瞬、リビングの扉で頭をぶつけるのかと思ったけれど酔っ払っていても普段の習慣なのか、拓斗は軽く頭を下げてちゃんと避ける。

「ナマエちゃん、ゲームしてたの?」
「うん。久しぶりにゆっくりできるし」

 ソファーに降ろしてくれるのだと思っていたけれど、なぜか拓斗はそのまま私を抱えて自分もソファーへ座った。

「え?」
「ん?なぁに?」

 当たり前のような顔をしている拓斗は私を膝に乗せたまま、コントローラーを渡してくれる。そのまま長い手をシートベルトのごとくお腹に回されて、強めの力で抱きしめてくるから、驚いた。

「拓斗、邪魔」

 肩に後ろからぐりぐりと顔を押し付けられるとくすぐったいし、お腹に回された手も邪魔で。もっと言うなら膝の上は不安定で落ち着かないと言おうとしたけれど、ショックを受けた顔をするから、言いかけたものの何も言えなくなった。

「オレ、今日ね。久しぶりにみんなに会えてすごく楽しかった」
「良かったね。みんな元気そうだった?」
「うん。新開さんって前に話した事あるでしょ?あの人がね」

 話を聞いて欲しいのかなと思ったからコントローラーをソファーへと下ろしたのに、なぜか拓斗は勝手にクエストを受注して、そのまま私の手へと握らせる。え、何この酔っ払い。甘ったるいような声で耳元で今日の出来事を話すくせに、ゲームは勝手に始めてくるし、画面に集中すれば首筋に唇を寄せてくる。珍しく拓斗から香るお酒の匂いはなんだか落ち着かなくて、全然ゲームには集中出来ないし気がつくとすぐにゲームオーバーになる。

「拓斗」
「んー?なぁに、ナマエちゃん」
「シャワー浴びておいで」

 遠回しにちょっと離れて、と言いたかったのだけど、ちらりと振り返れば甘えた視線。微妙な沈黙のあと、わかったと頷いた拓斗は何を思ったのか、私を抱き上げてそのままお風呂場へと向かう。

「私、もうお風呂終わってるから!もう、降ろして!」
「……やだ」

 ナマエちゃんと一緒がいい、と呟く拓斗は柔らかい声とは裏腹に私をしっかりと抱え上げたまま一切降ろす気はないらしい。酔っ払って蕩けた瞳と拗ねたへの字に曲げた口。滅多に見ることのない恋人の姿が可愛くないわけではないけれど。

「……拓斗、酔っ払うとめんどくさいね」
「恋人に辛辣すぎない!?」

 これは、明日起きたらどこまで覚えているのかわからないけれど。鬱陶しい、と口に出したら余計に面倒な事になりそうだから、今夜はもう甘やかしておこうと心に決めた。

「酔っ払った拓斗は可愛いね、ってこと」
「でも、ナマエちゃんの方が可愛いよ」

 ヘニャヘニャと笑う拓斗の狡い顔が近づいてきて、そのまま全部受け止めてしまいたい気持ちになるけれど。慌てて顔を背ければ、鏡に映った拓斗の甘えた顔と困り顔のくせにニヤけた自分と目が合ってしまって、複雑な心境になる。

「ナマエちゃん、オレの事好き?」

 満面の笑みで問いかけられて、好きじゃないなんて言えるはずもないこと、酔った頭の中だって拓斗は理解しているくせに。わざわざ言葉にして言わせたいあたり、酔った拓斗はやっぱりめんどくさいなと理解した。
 

 
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