隼人くんの片思いは甘くて美味い

 日常の中、いつの間にか目で追うようになった彼女の笑顔。好きな映画が同じで、美味しいと感じる物が同じで。一緒に話をしていると、時間が経つのも忘れてしまうほどに居心地が良くて、恋に落ちるにはそれほど時間はかからなかった。笑った顔が好きだ。美味しそうに頬張る口元が好きだ。オレの名前を明るく呼ぶ声が好きだ。教室の窓際、隣の席のナマエが目があった瞬間、オレよりも早く「隼人、おはよう!」と笑ってくれるとテストの日だって気持ちが明るくなるし、今日も良い日になりそうだと思ってしまう。
 そんな一つ一つの積み重ねが嬉しくて「やっぱり隼人はわかってるね!」なんて満足そうに頷く彼女を見る度に、あぁ、好きだなと実感をすれば友情と愛情の狭間で少しだけ胸が締めつけられる。今の関係を失いたくないと思う気持ちと、ナマエの特別になりたい気持ち。幸い、彼女から恋の相談を受けた事はないからそれだけが救いだったのかもしれない。

「隼人、ちょっと相談したい事があるんだけど」
「ん?どうした。何かあった?」

 恋人ではないけれど、ナマエの1番仲の良い男友達はオレだと思っていた、そんなある日。眉間に皺を寄せたナマエが一限目が終わったところで不意に声を顰めて声をかけてきた。周りに聞かれたくないのか、声のトーンは普段よりも低い。まるで内緒話でもするように椅子を近づけてきたナマエの声が聞き取りやすいように、少し体を屈める。耳元に近づいた艶やかな唇から視線を外せば、ナマエがオレの制服の袖を軽く引いた。

「……あのね、隼人」
「おーい、新開!あと課題出してないのおまえだけだぞ」

 ナマエの声をかき消すクラスメイトの声に思わずこぼした舌打ち。あ、と思った時には耳元で囁いていたナマエが驚いた顔をしたけれど、すぐに吹き出して体を離した。腕をぽんぽんと叩かれて「大した話じゃないから後でいいよ」と手を振られてしまう。

「わかった。待たせて悪い」

 絶妙なタイミングで声をかけてきた間の悪いクラスメイトに軽く手を振る。教壇の上に積み上がっているノートを横目に机の中を漁った。そういえば数学の課題、途中までしかやっていないような。パラパラとページをめくれば嫌な予感は的中して、課題の半分がまだ残っている事に気付く。ナマエはオレの手が止まった意味を察したのか、不意に立ち上がると教壇の上から自分のノートを探して席へと戻ってきた。

「あとで隼人と私が提出してくるよ。今日中に出せば良いよね?」

 クラスメイトから仕事を引き受けたナマエはオレのノートに視線を落として自分のノートと見比べる。途中までしかやっていないオレのノートを見て苦笑いを浮かべると、机の端にそっとページを開いて置いてくれた。

「や、見せてもらうのは悪いよ」 
「いいよ。いつも私もわからないところ助けてもらってるし。それに、今はインハイ前で自転車競技部は忙しいでしょ」

 トントン、と綺麗に磨かれた爪が文字を指差す。やりかけて途中で寝落ちしたらしい乱れた数字を見られるのが恥ずかしくて慌てて消した。ナマエのノートは見やすくて文字も綺麗だ。好意に甘えて必死に問いの答えを書き写せば、頬杖をついて横から眺めているナマエの視線を意識してしまう。

「さっき、何か言いかけただろ」
「まぁ、大した事じゃないから後でいいよ。それより急いだ方がいいんじゃない?」

 まだ半分残ってるよ、と呆れた声で指摘されたら返す言葉もなく。当然、次の授業が始まるまでには終わるわけもなくてオレが残りの課題を全て写し終えたのは昼休みだった。ナマエと並んで歩きながら職員室へクラスメイト全員分のノートを提出して、購買へと向かう。

「や、本当に助かった。ありがとう」

 やたらと混雑している購買に、今日は金曜日で焼きたてパンの販売日だった事を思い出す。ナマエに何かお礼がしたくて、立ち寄ったのに完全に出遅れてしまった。

「お礼にデザートでも買おうと思ったんだけど。悪い、ちょっと待っててくれる?ナマエ、チョコレート好きだよな?チョコプリンとかどう?」
「待って。プリンはいいの。それより、隼人に話があって。隼人、今日のお昼は学食?」
「いや、寮で朝飯の米が余ったから、おにぎり作って持ってきた。今日はそれ」

 おにぎりを入れた袋を見せると、ナマエがどこかほっとした顔で笑う。本当はおにぎりは授業の合間に食べるつもりの間食用で昼は学食に行く予定だった。けれど、思わず小さな嘘をついたのは課題を書き写すのに忙しくて食べる暇がなかった事と、ナマエの手に持っている鞄は明らかに弁当が入っているようだったから。教室を出る時にオレもおにぎりを慌てて袋に詰め込んだ。職員室からの帰り道、このまま購買でお礼のデザートを買って一緒に昼休みを過ごす口実を作ろうと画策していたなんて言えるはずもない。

「ねぇ、良かったらこのままお昼一緒に食べない?」
「いいよ。オレも誘おうかなと思ってた」

 ナマエからの嬉しい誘いに内心ニヤつきながら、涼しい顔を必死に取り繕う。何か話したい事がありそうなナマエの様子を思い出して、あまり人が多くない所が良いと思った。そういえば、部活の後輩達が好きな子と昼休みを過ごす場所はどこが良いかなんて話していたのを思い出して、さりげなく足は屋上へと向かった。

「屋上行くか。今日はあったかいけど風もないし」
「うん。いいよ。外の方が気持ちが良いしね」

 階段を軽やかに駆け上がるナマエと並んで屋上へと向かう。数人がすでに弁当を広げていたけれど、見知った顔はいなかった。

「なぁ、相談ってなんかあった?」

 朝から気になってたまらなかった本題に触れれば、ナマエはちょっと照れたように視線を伏せる。並んで座って、ナマエが弁当を広げるのを眺める。割と大きめの弁当箱はおかずもしっかり入っていて美味そうで。自分で弁当を作っていると言っていたから、これは全部ナマエの手作りだと思うと感心してしまう。オレの作った歪なおにぎりは適当に混ぜたふりかけと塩握り、それから靖友から死守した唐揚げを埋め込んだ三種類。形も不恰好でナマエの弁当と並べると思わず笑ってしまうくらい貧相だった。

「実は、ちょっとお願いがあって」
「ん?何?」

 伏せた瞳に照れた顔。思わず妙な期待を抱きたくなる表情にドキドキしながらナマエの言葉の続きを待つ。塩のかかりすぎたおにぎりに内心むせそうになるのを堪えれば、ナマエはとろけるような笑みを浮かべた。

「あのさ、実はすごく大好きで」
「ん?」

 大好き、という単語の破壊力に一瞬、思考が停止する。赤くなったナマエの頬を見て、心拍が跳ね上がるのを自覚した。大好き?は?オレの方がもっと最初から大好きだけど、と。
 思わず身を乗り出して、おにぎりを飲み下した瞬間に口を開いた。

「や、オレも」
「だから頼みすぎちゃったの。一個食べてくれない?あとおかずも良かったら食べて欲しくて」

 オレも好きだ、と開きかけた口に押し込まれたのはコッペパン。思わず口の中に広がった甘みを齧れば、たっぷり入ったチョコクリームが見えた。もぐもぐと咀嚼しながら、コッペパンとナマエを見比べる。女子の中では比較的大きめの弁当箱を広げて、恥ずかしそうに顔を伏せたナマエの手にはもう一つコッペパンを握っていた。

「私、これすごく好きで。つい二個頼んじゃったんだけどお弁当もあるからさすがに食べすぎかなと思って。隼人なら手伝ってくれるから、大丈夫かなとか勝手に思っちゃった」
「……オレも大好きだよ」
「そうだよね。隼人もコッペパン買う時っていつもチョコレートだし。しかも聞いて?今回は限定の生チョコクリームなの。いつもよりコクがあって美味しいと思わない?」

 目をキラキラさせて、コッペパンの魅力を語るナマエ。幸せそうにコッペパンを食べるナマエはとても嬉しそうに笑っていた。本音を言えば盛大な勘違いに内心頭を抱えたくなったけれど、目の前に広がる光景は幸せが詰まっていて、不満があるわけじゃない。

「なぁ、この卵焼きも食っていい?」
「いいよ、どんどん食べて!この煮込みハンバーグも美味しくできたと思うし」

 へらり、と笑ったナマエはオレに弁当を勧めながら「そういえば昨日のドラマ見た?」なんて表情をコロコロと変える。甘い卵焼きに幸せを噛み締めながら、オレは彼女の甘い声に耳を傾ける。

「……あー。やっぱ、めちゃくちゃ好きだ」
「ほんと?絶対隼人も好きだと思ったんだよね!」

 卵焼きも煮込みハンバーグも、生チョコクリームのコッペパンも。美味くて幸せで、腹の中に幸せが詰め込まれていく。笑顔が好きで、側にいると満たされて、オレにたくさんの幸せをくれるナマエの事が一番大好きだと本当は言いたいけれど。

「私も本当、大好きなんだ!」

 あまりにナマエが幸せそうに笑うから、オレもつられて笑顔になる。もしかして、ナマエは恋愛には相当鈍いのだろうかなんて一抹の不安がないわけじゃないけれど、彼女にとってオレが一番近い存在で、美味いものを分けたい存在っていうのは悪くない。
 なぁ、ナマエ。インハイ終わったら、本気で卒業までに捕まえる気でいるから、他の男を好きになんてならないでくれよ。

「課題とコレのお礼に、インハイ終わったらなんか美味いもの奢らせてよ」

 オレとナマエの好きなモノは、いつも似ている。「そんなの悪いよ」と言いながらも目がキラキラしている彼女を見て、少なくとも悪い気はしないのは、オレの勘違いじゃないって思いたい。
- 11 -
[*前] | [TEXT] [次#]
×
「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -