同棲して初めて知る隼人の秘密

 隼人君と一緒に暮らし始めて2週間。ふと気づいたのは寝起きにぼんやりしながら、隼斗君に「おはよう」とキスをされた時だった。
 今日も隼人君は、いつの間にか起きていて洗濯機の回る音がする。時計を見れば8時前で日曜日の朝にしては、そんなに遅く起きたわけじゃなかった。

「……私、隼人君の寝起き見た事ない」
「朝から、オメさんどうした」

 ルームウェアのまま、ベッドから飛び起きれば隼人君が大きな手で頭を撫ぜてくれる。朝から爽やかな笑顔は眩しくて一体何時から起きていたんだろう。
 朝飯食べようぜ、なんて誘われてキッチンに行くとコーヒーとスクランブルエッグにサラダとヨーグルト、それからマフィン。ここはホテルですか、それともうちにはイケメンの執事がいるんですか。

「……朝から隼人君が完璧すぎて自分の存在がちっぽけに思える」
「いやいや、何言ってんの」

 ちょっと軽く走ってきたから暇だったんだよ、と爽やかな笑顔で高校生の頃と同じようにバキュンポーズでウインクしてくる恋人にときめきよりも嫉妬を覚える。
 元々、隼人君は非の打ち所がない恋人だった。優しくてかっこいいし、何でもできるし紳士だ。強いて難点を挙げるなら、恋人に甘すぎて私をダメな人間にしてくる所か。

「パン、焼いとくよ」

 トン、と軽く背中を押されて洗面に送り出されれば寝ぼけた顔が鏡に映る。

「……ないわ」

 洗濯機はもう回っているし、背後からはパンの焼き上がる美味しい匂い。日曜日の朝、寝ぼけた顔で鏡に映る私が隼人君の彼女で本当に良いのだろうかと自問自答しながら、顔を洗う。軽く化粧水で保湿をして、寝癖を手櫛で直してから慌てて隼人君の元へ戻ると、彼はあろう事か枕をベランダで干していた。

「ほら、今日は天気がいいからさ」
「何から何まですいません」

 私の言いたい事がわかっているのか、白い歯を見せて笑う隼人君の笑顔は太陽よりも眩しい。思わずカーテンに隠れながら上目遣いで完璧な恋人を見上げれば、おでこに触れるだけのキスが降ってくる。

「今日の夕飯は私が作るね」
「ん?今日の当番はオレじゃなかった?」
「いや……朝から色々とやってもらったし」

 チラッと部屋の中を見渡せば、昨日畳むのを忘れた洗濯物は片付いているし、食器も棚に片付いている。家事は分担制にしたはずなのに、どう見ても隼人君の方が積極的にやってくれている。

「私にも彼女としての立場があるんで」

 少ないレパートリーで何を作ろう、せめて後でレシピアプリのおすすめから新規開拓しようかと思案していると焼き上がったマフィンをお皿に乗せて隼人君はニコニコと笑った。

「何?」
「いや、朝から表情がコロコロ変わって可愛いなって」

 大きな口でマフィンを食べながら朝から甘い言葉を吐く彼は一体付き合い初めて何年経ったと思っているんだろう。ちなみにそんな彼の言葉に、いちいちときめく私も頭のネジが何本か外れているのかもしれない。

「そういえば、さっきの話だけど」
「ん?」
「私、一緒に住み始めてから一度も隼人君の寝起き、見たことない」
「気のせいだろ」

 ニコニコと笑う隼人君をじっと見れば、ちょっと嘘くさい笑顔。あれだ。最後の一個にとっておいたお菓子やアイスを勝手に食べておいて、食べてないってバレバレの嘘をつく時の隼人君の笑顔。

「絶対私より早く起きてるよね。そういえば、旅行の時も私よりいつも早く起きてた気がする」
「そんな事ないさ」

 あ、視線を逸らした。思い返せば、自分の寝つきが良くて寝起きが悪い事の方が気になっていたから、隼人君の寝起きを見ていない事に気が付かなかった。

「それより、今日はどこかに出かける?ナマエが行きたがってたカフェでもランチに行く?」
「話、逸らした」
「いや、そういうわけじゃないけど。まぁ、強いていえば好きなんだよ」
「何が」

 そんな取り調べみたいに聞かなくても、と肩をすくめた隼人君は照れたように頬を掻きながら私の顔を見つめてくる。

「ナマエの無防備な寝顔、見るのが好きなんだ」
「……あのカフェ、パスタが美味しいんだって」

 真っ直ぐな視線でストレートな愛情表情。これだから箱根の直線鬼は怖い……と照れながら火照る顔を押さえて、話題を新しく出来たカフェへと切り替える。
 一緒に暮らし始めても、デートもこまめに誘ってくれるし、髪型を変えれば可愛いって言ってくれる隼人君。この日も美味しいランチと楽しい買物デートに満足して、やっぱり次の日も早く起きたのは隼人君の方だった。

 寝起きをいつか見てみたい、なんて囁かな願いは意外と早く叶う事になる。会社の先輩達と飲みに行って珍しく酔い潰れた隼人君が死んだように寝ていた翌日の朝。
 仕事があるのに全然起きてくれない隼人君を叩き起こせば、鋭い目つきで睨まれた。

「隼人君、起きて!今日は平日!」
「……わかってる」
「わかってないよ、布団に潜らないで!」


 鍛えられた隼人君の体は大きくて、引っ張ったぐらいじゃびくとも動かない。なんとか布団から引きずり出して、むくれた顔の隼人君と一緒に駅まで走る事になった。
 週末、たまたま遊びにきた悠人君に話したら「隼人君の寝起きはめちゃくちゃ人相が悪くて機嫌が悪い。今まで知らなかったの?」と言われて正直驚いた。

「ナマエさんと隼人君、付き合って結構長いのにね」

 よく今まで隠してたね、と笑った悠人君はとても楽しそうで、隼人君は対照的に重い溜息。

「……寮にいた頃、よく言われたんだよ。寝起きの顔が凶悪すぎるって」

 だから見られたくなかったのに、とボヤいた彼の知らなかった一面。少し驚いたけれど、完璧すぎる彼の意外な一面を知る事が出来て、私は本音を言えば嬉しかった。
 一緒に住んで初めてわかる意外な姿。私だけ知らないなんて、そんなのズルイよと言ったら、隼人君は眉尻を下げて困ったように笑っていた。
- 75 -
[*前] | [TEXT] [次#]
×
第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -