05

 自分の宮に帰るだけだというのに足取りが重い。どんな顔をしてユーリに会えばいいのだろう。ユキちゃんとトウちゃんには第一王子らしく威厳を持って、なんて言われたけれど、もう寝台から転がり落ちた所は見られたし、寝具に絡まった所も解いてもらった。
 一人で戻りにくいから一緒に来て、と言ったらユキちゃんにお尻を蹴られたし、トウちゃんには真顔で女性に恥をかかせる気かい、と咎められた。
 今更取り繕った顔をして「オレが第一王子のタクトだ」と改めた所で格好もつかない。二人からの意見を纏めれば、しばらくユーリにはオレの所にいてもらうのが最適なのだと思った。もちろん、それはユーリが嫌じゃなければ、だけど。このまま宮から出したら、ただ一晩遊んで追い出されたみたいに周りからは思われるし、かといってずっと留め置くことも彼女の為にならない。それなら、頃合いを見て自由にしてあげることが一番良いような気がした。
 いつもよりもゆっくり歩いたところで無駄に伸びた身長の歩幅は普段通りで宮にはすぐについてしまう。なぜか足を忍ばせて寝室へと戻れば、続きの間に控えていた侍従がすぐに膝をついた。

「タクト様、お食事ご用意出来ております」
「ありがとう。ユーリは?」
「湯浴みを終えられて、お部屋にいらっしゃいます」
「そうか、ありがとう」

 中庭に用意して、と言えば良かった。寝室では、またさっきの二の舞になるような気がする。思わず深呼吸を何度か繰り返して、無駄な咳払いで誤魔化す。

「ユーリ、待たせてごめん、ね?」

 鼻腔をくすぐる美味しそうな香り。当然、匂いのする方にユーリがいるものだと視線を向ければ姿がない。ふと部屋の中を見渡せば、寝台の奥にある窓辺に彼女は座っていた。石畳で出来た窓に、小柄な彼女はすっぽりと収まっていて、窓枠の幅に器用に足を伸ばして座っていた。風に靡く髪と揺れる衣。淡い桃色の衣はひらひらと風に揺られて、まるで砂漠に紛れた蝶や花弁みたいだ。
 一瞬、乾いた風が舞う。砂嵐を起こすみたいな不意の突風。思わず、小柄なユーリが風に攫われてしまうような気がして、思わず駆け寄ってしまった。

「ユーリ!」

 ユーリの体がビクッと跳ねて一瞬、バランスを崩すのではないかと。考えるよりも早く思わず手を伸ばして抱きしめれば、ユーリが驚いて小さな悲鳴をあげた。
 あれ、余計なことしたかもしれない……と思った時にはすでに遅くて、それまでちゃんと自分でバランスをとっていたユーリの体がぐらつき、窓の外へと傾く。

「きゃあ!」
「ごめん、落ちるより良いと思って!」

 両手でユーリを抱えこんで、石窓を足で蹴る。窓の外へ落ちない代わりにユーリを抱えたまま床に背中から転んだ。手を離したら小さな体を床に叩きつけてしまいそうな気がして、思わずユーリの頭を抱え込む。代わりに自分の頭を床にぶつけて鈍い音がした。

「オレが驚かせたせいだね、ごめん。痛い所ない?」

 ぶつけた後頭部をさすりながら、驚かせた事を詫びた。どう考えても余計な事をしたのはオレだ。昨日、ユーリの踊っていた姿を思い出せば、体幹のバランスもそれなりの筋力も持ち合わせている事など考えればわかる事なのに。
 案の定、オレの腕の中から飛び出した、しなやかな体躯。顔を引き攣らせたユーリがその場に膝をついて、額を床に擦り付けそうな勢いで謝罪の言葉を口にした。
 
「……っ、申し訳ありません。タクト様」
「ごめん。落ちると思ったんだ」

 一瞬、飛び降りるんじゃないか、と。風に攫われそうな体がもしも昨夜の事を嘆いて、そのまま身を任せたりするのではないかと。
 目の前でわずかに震える体の意味を正しく理解出来ない。飛び降りたかったの?なんて言えるはずもなく。それともオレが勘違いの自業自得で後頭部をぶつけた事で、王族に怪我を負わせたとでも思っているのだろうか。

「オレが勝手に勘違いしただけだから、謝らないで」

 ユーリが震えている理由に心当たりがありすぎて、もはや謝るのはオレの方だと思う。明確な理由もわからないまま第一王子が頭を下げるなどあってはならない、なんて教わった事もあるけれど。明らかに怯えている相手に、王子だからなんて事は理由にはならない。
 気まずい空気の中、キュゥと微かな音が鳴る。一瞬、何の音かと思えば、ユーリがゆっくりと顔をあげて視線を逸らした。グゥ、とさっきよりも存在感のある音は、彼女のお腹だった。

「……すみません」

誤魔化すように咳払いをしても、今更すぎる。

「昨日の夜から食べていなくて、つい……」
「とりあえず食べよう!?お腹いっぱい食べて!ごめん、オレ本当に色々と気がつかなくて」

 宴の間、ユーリは踊ったり、楽器を弾いたり、お酒の酌をしていた。踊り子が宴の席で食事なんて出来ない事にすら、オレは気がつきもしない鈍感だ。
 彼女の肩を押して、食事の前に座らせる。向かい合って腰を下ろし、食べるように急かせば、遠慮がちに頷く。それでも手をすぐに伸ばさないのは、オレがいるからだろう。

「これ、美味しいから!あと、こっちも」

 ユーリの前に料理を並べ、とにかく食べてと念を押す。一度手を伸ばせば、空腹に耐えかねたのか、予想よりも素直に食べ始めてくれて安堵した。

「オレのことはタクト、って呼んでよ。2人の時だけでいいから」
「そのような事は」
「うん、呼びにくいのはわかるんだけどさ。タクト様って呼ばれると、なんかこう‥‥居心地が悪くて。だから、言葉遣いはもっと楽にして欲しい」

 お願いだよ、と伝えればユーリの困惑しきった顔が恐る恐るゆっくりと頷く。あぁ、そうか。オレが彼女にする「お願い」は、命令と同じなのかもしれない。

「だってほら!これからも一緒にいるのに、ずっと様付けで呼ばれたらオレも嫌だし」

 ユーリの顔が赤くなったり、青くなったり、オレの言葉に一喜一憂しているのが可哀想で、なんとか場を和ませたいと思えば思うほどに。

「一晩一緒にいたんだから、もっと仲良くしようよ!」

 やっぱり、ユキちゃんとトウちゃんに一緒に来て貰えば良かった。目の前のユーリは泣きそうな顔でオレを見上げていて、完全に食事の手を止めてしまう。止めてくれる2人がいないから、オレの墓穴は己の手で、相当深くまで掘り下げたと思うから、そろそろ首まで浸かれるかもしれない。
 もうここまで来たら、いっそ全部はっきりさせておいた方が今後の為にも良いような気がした。

「ねぇ、最低な事聞くけど、怒らせたらごめんね」
 
 先に謝る時点で本当に最低だとは思うけれど、後からの方が絶対確認できなくなるから、今しかない。

「オレは昨日、君を抱いた?」

 誕生日の朝、オレの腕の中にいたのは、昨日宴で視線を向けた可愛い踊り子。
これが父王からの一方的な誕生日祝いだと言うのなら、あの人はオレのことを砂漠の砂粒ほども理解はしていないのだと思い知らされる。
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