04

 呑みすぎた自覚はある。正直、宴の記憶は薄らぼんやりとしていて、あまり覚えていない。久しぶりにウードが弾けて良かったなぁ、とか踊り子の少女ともう少し話をしたかったなぁとか。人の体温が心地良くて、いつまでも微睡んでいたい。柔らかい肌が気持ちよくて、抱き枕ってこんなにリアルだったっけ、と考えた瞬間に目が覚めた。

「……え?」

 オレの腕の中に誰かがいる。思わず現実から目を背ける様に天井を見つめた。がっちりと抱き込んでいるのは自分自身の腕だし、明らかに柔らかい女の肌だった。百歩譲ってユキちゃんかトウちゃんだったら……と考えたけれど、あの二人なら絶対にもっとゴツゴツしているし、こんなに柔らかいわけがない。意を決して、恐る恐る視線を腕の中に向ければ、少女がいた。驚いて、思わず手に力が入ってしまったのかもしれない。

「……ん」
「わ、ごめん!」

 少し苦しそうな声に思わず、腕を離す。思いがけず大きな声を出してしまった勢いで少女の目がぱちりと開いた。腕の中にいたのは、あの子だった。

「踊り子さん!?」

 思わず寝台で後ずされば、当然終わりは見えていて。勢い余って、そのまま寝台から転がり落ちれば、寝具が絡まって身動きが出来なくなった。

「タクト様!?大丈夫ですか?」
「うん!平気!大丈夫!え、踊り子さんは大丈夫なの!?」

 オレは全然、大丈夫じゃないよ!と脳内で騒ぎつつも上擦った声で必死に取り繕う。起きあがろうとしたら巻きついた寝具のせいで起き上がれなかった。
 心配そうに寝台からオレを見ていた踊り子の少女は、小さく笑うと寝台から降りて、巻きついた寝具を解いてくれた。

「……良かった。服、着てる」

 少女が衣服を纏っていた事に心底安堵する。なんかすごく布の生地は薄いけど。踊り子の衣装とは違う夜着を身につけていてくれて本当に良かった。でも、待って。オレって服、着てた?寝具解いたら全裸とかないよね?

「……良かった!」
「タクト様?」

 昨日の宴の服のまま。重い首飾りや腕飾りとかの装飾品は外れていて、寝台を見れば綺麗に揃えて置いてあった。あれをつけたまま寝ていたら、きっと肩と首が痛くて眠れなかったと思う。

「踊り子さんが首飾り外してくれたの?」
「はい、そのままでは苦しそうだと思いまして。出過ぎた真似をして申し訳ありません」
「君の名前は?」

 踊り子さん、踊り子さんと失礼な呼び方をしていた事に今更気がついて名前を尋ねる。彼女は少し驚いたような顔をしたけれど、丁寧に頭を下げて「ユーリです」と名乗った。

「ユーリちゃん、か」
「あの、ユーリとお呼びください」

 顔をあげた彼女の頬は赤く染まっていて。一瞬、どきりとさせられて思わず姿勢を正した。冷たい床は火照った体に丁度いい。

「……昨夜はユーリと何度も呼んで頂いたので。え、タクト様!?」

 衝撃の発言を聞いて、思わず床に倒れ込んだ。頭をゴツンとぶつければ、ひんやりとしていて気持ちが良い。「頭を冷やせタクトォ!」とユキちゃんの声が聞こえた様な気がした。ねぇ、トウちゃん。オレは彼女に一体何をしたと思う?困惑した顔で静かに首を横に振る姿まで想像出来るのに、二人の兄弟を思い浮かべた所で何の解決にもならない。

「タクト様、大丈夫ですか?」

 床にぶつけた頭が持ち上げられて、不意に柔らかな感触に包まれる。柔らかいのは膝の上。気持ちよくて、このまま二度寝も悪くないなぁ、なんてほんの一瞬、考えたけれどそれはただの現実逃避だ。

「ユーリ、ありがとう。大丈夫、オレは平気。オレは冷静だよ」
「……あの、ぶつけたところが赤くなってますが」

 心配そうに見上げる瞳。綺麗な瞳だなぁ、なんて思っている場合じゃない。咳払いを一つして、姿勢を正す。もう一回、仕切り直さないと。

「わかった。ユーリって呼ぶね。ちょっと待っててくれるかな。食事の用意を頼んでくるよ」
「あの……タクト様」
「はい!何でしょう!?」

 ユーリの発言に、さっきから翻弄されていて思わず構えてしまう。昨晩、何があったのかなんて全く覚えていないし、どんな流れで彼女の名前を呼び捨てで何度も呼んだのかも記憶にない。

「……昨夜はお側に置いてくださり、ありがとうございました」
「いや、こちらこそありがとう」

 待って、オレ本当に何したの。ありがとう、って何を?こちらこそ、とか何にも覚えてないのにオレは何を言ってるの。

「ユーリ、少しこの部屋で待っていてね」

 精一杯取り繕って何とか寝室を出る。続きの間にいた侍従に走り寄る。

「口の硬い侍女何人か選んで、寝室にいる子を湯浴みに連れて行って!あと朝食はここで食べるから用意お願いしてもいい?」
「タクト様も昨夜のお衣装のままですし、ご一緒に湯浴みに行かれては?」

 え、やっぱりそういう事なの!?と思いながらも必死に表情を引き締めて動揺を押し隠す。

「オレは後でゆっくり入るよ。彼女を先に頼みたい」

 ぽん、と侍従の肩を叩いて颯爽と部屋を出ていく。侍従が見えなくなった所まで歩いて、そこからは一目散にトウちゃんの宮へ走った。

「トウちゃん!助けて!!」

 幸いな事にトウちゃんは中庭で鍛錬をしていて。上半身裸のまま、剣を振っている姿は二日酔いの後を感じさせない爽やかさだった。

「タクト?こんな朝からどうしたんだい?」
「ユキちゃんはこっちにいる?」
「ユキならまだ、寝室で寝ているけど。何かあったのかい?」

 汗を拭きながら剣を片付けるトウちゃんは本当に真面目だ。オレが来たから、すぐに抜き身の剣は片付けさせる。彼の鍛錬を邪魔してしまった事を申し訳なく思いながらも、今は時間がない。

「緊急事態なんだよ!ユキちゃん起こしてもいいかな」
「寝起きのユキは機嫌が悪いと思うけど……。何があったんだい?」
「ユキちゃん起こしたら一緒に話すよ!」

 トウちゃんは静かに頷くと、一緒に寝室へと走ってくれた。ユキちゃんはトウちゃんの所にお泊まりだったのか。オレも混ざりたかったなぁ、なんていつもなら羨む所なのに今朝はそれどころじゃない。

「ユキちゃん!起きて!」
「うわっ!」

 トウちゃんの寝室の長椅子で寝ていたユキちゃんを文字通り叩き起こす。びっくりして、猫みたいに飛び起きて目をまん丸にしたユキちゃんは数秒固まった後にオレを見て、目を釣り上げた。

「朝っぱらから、何だよ!タクトじゃねーか!誕生日の次の日に早起きとか、浮かれて寝れなかった子供か!オメーの宴はまだ続いてんのか!」
「ユキちゃん、オレを助けて!」

 思わずユキちゃんに抱きつけば、やっぱりゴツゴツしていて硬いし、汗くさい。柔らかくて、いい匂いがしたユーリとは全然違う。

「暑苦しい!重いし、臭え!タクト、湯浴みしてねーだろ、すげえ酒臭えよ!」
「……オレ、臭いの!?」

 え、そんなユキちゃんが顔顰めるレベルにオレは臭いの!?と思わず床にへたり込む。そんな臭い状態でユーリを抱き締めていたって事?可哀想すぎる。

「……朝、起きたらユーリがいたんだ」
「あ!?ユーリ?誰だよ、そいつ」
「タクト、落ち着いて話してくれないか」

 トウちゃんに慰められる様に肩を叩かれて、座り直す。流石に眉間に皺を寄せていたユキちゃんも長椅子に座り直して話を聞いてくれるみたいだった。隣に腰を下ろしたトウちゃんが心配そうに見てくれる。

朝、起きたら腕の中に踊り子がいたこと。一晩、一緒に過ごしたらしいこと。全く覚えていないけど、とりあえず湯浴みに連れて行かせた間にここへ来たことを、しどろもどろになりながら二人に話した。ぽかんとした顔が段々呆れ顔になるのを見て、居た堪れなくなる。

「父上の差し金だろうね」
「決まってんだろ。昨日、気に入ったかって聞かれてたし。色恋に興味ゼロの、ふわふわ第一王子が女に興味持ったんなら寝台に送り込むぐらいやるだろ」
「やっぱり手、出してるのかな。オレ」

 全く覚えていないけど。下履きも履いていたし、ユーリも服は着てたけど。

「それは実際の所はわからないけれど、踊り子がタクトの寝室で一晩すごしたことが事実だよ。王子のお手つきになったなら、元の楽団に戻れないだろうし、しばらく側に置くしかないんじゃないかな?」
「そういうものなの!?」

 声が裏返って仕舞えば、トウちゃんは静かに頷く。ユキちゃんは苦虫を噛み潰した様な顔で頭を掻いていた。

「昨日の今日で放り出せば女の面目も立たねえし、タクトの立場も悪くなる。しばらく側に置いて情が移ればそれもよし、ってアイツなら考えたんだろ。気に入らなきゃどっかに家でも建ててやりゃいい。ガキができれば、取り上げたって文句言わせねぇ立場だし、踊り子なんて、後ろ盾も何もねぇから丁度良かったんだろうよ」

 吐き捨てる様なユキちゃんの言葉はいつもよりも鋭くて。ユキちゃんのお母さんも踊り子だった事を思い出せば、オレは自分の事しか考えていなかったのかもしれない。

「二人とも朝からごめん。オレ、部屋に戻るよ。彼女を一人で放ってはおけないし」
「その前に湯浴みは済ませていくといいよ。タクトの服は運ばせるから」
「自分の宮で入るよ」 
「いや、だって今は彼女が使っているだろう?」

 はっ……として顔を上げれば、ユキちゃんが呆れた顔でオレをみていた。

「このぽやぽや王子が!無意識、ラッキースケベ体質か!!」
「違うよ!わざとじゃないよ!」
「ったく!トウイチローも汗だくなんだから、そのバカ連れて一緒に湯浴みしてこいよ、オレが服は用意しといてやる」

 半ば、ユキちゃんに追い出される様にして湯殿へと向かう。まだ、頭の中はぐるぐると目まぐるしく状況が飲み込めなかったけれど、少しずつクリアになってきたのはユキちゃんとトウちゃんのおかげかもしれない。

「でも、寝台に送られたのが彼女だった事が救いだね」
「え?なんで?」
「昨日、タクトの視線は彼女を追っていたから」

 まぁ、だから父上が目をつけたのだろうけれど……と困り顔で笑ったトウちゃんに少なからず衝撃を受けた。確かにもう少し話をしたいと思った。でも、こんな形を望んだわけじゃないのに。
 人に見透かされちゃいけない。本音が全部バレてもいけない。第一王子であれば尚更に言動と行動を気をつけなきゃいけない。そんな事はずっと言われ続けた事なのに、オレが少しの興味を向けた事で、寝台に送られてしまったユーリは。勝手に運命をねじ曲げられたユーリはオレのことを恨んでないのかな、と思ったら胸が苦しくて、湯殿で頭から水を被らなければ息がうまく出来ない様な気がした。
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