01

 いつもよりも煌びやかな宮殿の大広間。豪華な衣装で飾り立てられると、まるで自分が人形になった様で気分は重くなる。
 金の首飾りも腕輪も、自由を縛る鎖だと一度でも感じてしまえば、ただの重たい飾りにしか思うことはできず。たった六日しか産まれた日が変わらない弟が自分よりもずっと控えめな装いをしている事が悔しくて堪らなかった。思わず、逃げるように私室へと逃げかえっても、逃げ切れるわけもなく。迎えに来たのは二人の弟で、思わず寝台に顔を伏せて最後の抵抗を試みた。

「……トウちゃん、オレやっぱ宴に出たくない」

 動くたびに乾いた音を立てる首飾りを寝台に投げ捨てて、寝台に寝転ぶ。長身の体に合わせて特別に誂えた寝台は寝心地は最高で。モヤモヤとした気持ちでも目を瞑れば、このまま眠りにつけそうな気がした。

「タクトの為の宴だろう。主役がいなくてどうするんだい?」
「第一王子の癖にグズグズしてんな!タクト、さっさと起きろ!」
「ユキちゃん、痛い!」

 履物で後頭部を叩いたのは武官のような姿の第三王子のユキナリで。寝台にしがみつこうとすれば、容赦なくタクトの後頭部に二発目が叩かれる。

「タクト、ボクの事を気にしているんだろう」

 ユキナリに首根っこを掴まれて、寝台から引き摺り下ろされたタクトの乱れた髪を直しながらトウイチローは馬鹿だなぁ、と静かに笑った。

「第一王子の誕生日を祝う宴にキミがいないのはおかしいよ」
「でも、トウちゃんだってもうすぐ誕生日なのに」
「一緒に祝うわけにはいかないんだよ。それにボクはこれでも弁えてるつもりだよ?」
「オメーが次の王様になるんだから、そのお披露目も兼ねてんだろ!さっさと諦めて寝台から出ろ!ったく、衣装がぐちゃぐちゃじゃねぇか!」

 二人の弟……と言っても、同い年の二人に宥められ、叱られながら渋々と立ち上がれば豪華な衣装は皺だらけになっていて。目を吊り上げたユキナリと苦笑するトウイチローに衣装を直されながら、重い足取りで広間へと向かう。

「トウちゃんの誕生日も宴やろうね」
「毎年やってるだろう?」
「タクトも毎年、ごねるの諦めろ」

 第一王子の誕生日を祝う宴は国を挙げて賑やかに。隣国からの貢物で溢れる王宮はいつもよりもずっと華やかで騒がしい。けれど、六日後のトウイチローの誕生日はもっと小規模で王は参列せず、側妃の別宮でそっと行われる静かなものだった。トウイチローの母がそうある事を願った、と聞いてはいるものの、大好きな弟の誕生日を差し置いて自分だけが盛大に祝われる事をタクトは年々煩わしく思っていた。
 第一王子を後継者に、と考える側妃の配慮に第二王子のトウイチローも異を唱えることなく、タクトを後継者として立てる。ユキナリもまた、それに従うように家臣のような振る舞いで末席に座るものだから、タクトとしては非常に寂しくてたまらなかった。

「何か欲しい物があるか」

 例年、王である父から投げられる問いに何度かトウイチローと一緒に誕生日を祝いたいと願ったが、それだけは叶えられることはなかった。最も当事者であるトウイチローが決して首を縦には振らない事も要因ではあったけれど、第一王子は毎年のように繰り返される問いに、いつも悲しい顔で笑うしかなかった。

「……欲しい物なんて、ないよ」

 正妃の息子で第一王子という立場。仲の良い二人の弟は親友の様でいて、タクトが王となる事を望んでいる。王位継承権で揉める事もなく、生涯自分を支えてくれるであろう存在を頼りにしながらも、どこか自分には荷が重いのではないかと思う。もしも、母が生きていたならばまた少し違ったのかもしれない。異国の姫であった母は幼い頃にすでに亡くなり、顔は肖像画でしか知らなかった。
 盛大に祝われる誕生日が来るたびに、どこか悲しい気持ちになるのは仕方がない事なのかもしれない。

「タクト、ほら背中を伸ばして」
「……わかってるよ、トウちゃん」

 ポン、と肩を叩くトウイチローはきっと、自分を気遣おうとするタクトの思いを理解してはいるのだろう。だからこそ、大広間に入った瞬間、一歩下がると同時に「キミは王になるべき男なんだよ」と毎年のように彼の背中を押すのかもしれない。

「タクト様、おめでとうございます」
「うん。ありがとう」

 王の隣に用意された第一王子の居場所。自分の為の宴だと言うのなら、大好きな二人の弟と肩を並べて酒を酌み交わす方がどれほど幸福だろう。一瞬、振り返って二人の弟に視線を向ければ、全て悟っているかのような困り顔を向けられて泣きたい気持ちになる。

「タクト、早く座れ」

 拒否する事は許されない王の言葉。重い足取りで誂えられた席に腰を下ろせば、目の前で注がれる琥珀色の酒。

「……未来の王に祝福を」

 王自らが祝う第一王子の誕生日。誰に祝福の言葉を向けられても、どんなに豪華な贈物を差し出されても。どこか物憂げに笑うタクトが心から望む物など、父である王には理解出来ないのだろうと思った。
 
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