20

 
 視察から戻ってきてから一番最初に手をつけた事は、宮の中にユーリの為の部屋を用意させた事。ずっと側にいて欲しいと思ったから、彼女の居場所を作ってあげたくて、女の子が喜びそうなデザインの調度品を用意した。
 いつまでもオレの部屋の長椅子で寝てもらうのは申し訳ないと思ったから、陽当たりが良くて風通しの良い部屋を用意した。ユーリも少し困った顔をしていたけれど嬉しそうに笑ってくれたから、とても良い事をしたと思っていた。ウキウキとその事を話したらユキちゃんの師匠で剣を教えてくれる武官のアラキタさんも、調度品の手配を手伝ってくれた文官のハヤトさんも微妙な反応で「この前の誕生日で何歳になったのか」と同じ事を問いかけられた。え、18歳になったけれど何がいけなかったんだろうと思って、ユキちゃんとトウちゃんに聞いてみたら、ものすごく呆れた顔をされた。意味がわからなくて困惑していたら「ユーリに聞いてみろ」なんて言われるし。だから、庭園を散歩している時にユーリに聞いてみた。部屋を用意したのは、嫌だった?オレ、何か間違えた?と。

「……それ、どういう意味で聞いてるの?」

 困ったように眉間に皺を寄せたユーリの顔。少し睨まれているような気がするのは気のせいじゃないような。繋いでいた手からするりと抜けた手を掴み直せば、拗ねたような顔は俯いてしまった。思わず顔が見たくて覗き込んだら、今度は顔を背けられてしまう。

「ユーリ、怒ってる?」
「別に怒ってない」
「部屋、気に入らなかった?」

 ユーリに似合う色は何色だろうと思いながら選んだ寝具。何がいけなかったのだろうと思えば、ユーリの耳が赤くなっていて、不意に自分から寝室を分けてしまったのだと気がついた。むしろ、気持ちが通じ合ってから部屋を別にした意図って何だろう。いや、でもずっと同じ部屋なのはユーリも落ち着かないんじゃないかな。オレは朝起きて、早くユーリに会いたいと思う時間も楽しいし、朝食を一緒に食べようと待ち合わせするのもワクワクする。おやすみって額にほんの少しだけ触れるキスをするのも、名残惜しく指先を解くのも愛しい。

「一緒に寝たくないわけじゃないからね!?」

 思わず大きな声を出してしまって、やってしまったと思った時にはもう遅い。微妙な距離感を保って後方にいた侍従のユウトは顔を背けて笑っていたし、ユーリの事を頼んだ女官には哀れみの視線を向けられた。

「……もう知らない」
「待って、ユーリ!ごめん!」

 馬鹿、と言われなかったのは、ここが宮殿の中だからだろう。街の中だったら絶対ユーリは言っていたはずだ。真っ赤になったユーリの顔を見ていると気持ちが焦ってどうすればいいのかわからなくなってしまう。
 そのまま走り去ろうとするユーリの服の裾を思わず慌てて踏んだら、バランスを崩してオレの腕の中にすっぽりとユーリは収まった。そのまま手を離したら、きっと逃げられると思って、慌てて抱きしめる。むすっとしたユーリはオレの顔に手を伸ばすと、少しも痛くない強さで軽く頬をつねった。
 オレの頭を叩くのはユキちゃんだけだし、頬をつねるのはユーリだけ。剣の指南役のアラキタさんには時々吹っ飛ばされるけれど、かなり手加減はされているのはわかっている。ユキちゃんも周りに人がいる宮殿の中では絶対に人前で叩かない。第一王子だからと無駄にもてはやされたり、距離を取られることはよくあるけれど、正直それはとても寂しい。だから、時々どうやって他人と接すればいいのかわからなくなる。
 
「……ユーリ、ごめん。わかった。じゃあ、今夜はオレの部屋に来て?」

 部屋を別にした事がいけなかったのなら、オレの部屋にいてくれればいい。長椅子はオレが使うから、ユーリには寝台を譲ればいいと思った。窓辺で一緒に星を眺めて、ウードを弾くから彼女には傍にいて欲しい。音色に合わせて踊ってくれても、ただ寄り添ってくれるだけでもいい。

「それとも、オレがユーリの部屋に行ってもいい?」
「……タクトのバカ!」

 オレは至って真面目に聞いたつもりだけど、ユーリにはうまく伝わらなかったみたいで。お酒に酔った時みたいに首まで赤くなった彼女に両手を振り払われて、ショックを受けている間にユーリは走り出してしまった。せっかく用意した革のサンダルは走りにくかったのか、ご丁寧に脱ぐと身軽く片手に持ち替えて駆け出す。長い裾を翻して、鳥のように身軽く駆け出したユーリに置いてきぼりを食らったのに、あまりの身軽さに見惚れてしまった。

「え?どこへ行くの!?」

 半分泣きそうな顔で走り去るユーリを追いかけようとしたら、女官と侍従のユウトに止められた。

「タクト様、あまり意地悪をすると嫌われてしまいますよ」
「え?オレ、意地悪なんてしてないよ!」

 どこが意地悪だったのかわからなくてユウトに何度も聞いても答えは教えてもらえなくて。最終的にはかなり遠回しにだけど、もう少しユーリの気持ちを考えてあげた方がいいと言われてしまった。
 1人、庭園をしょんぼりと歩きながら、ユーリの反応やみんなに言われた言葉の意味を考える。オレなりにユーリを大切にしたくて、初めての感情を持て余していて。悲しませたり、困らせたいわけじゃないのに、どうしてうまく伝わらないんだろう。

「……どうすれば良いのか、教えてくれればいいのに」

 結局、ユーリが逃げ込んだ先はトウちゃんのお母さんのいる離宮。迎えに行った時には、ユーリが視察の時に街で買ったお土産のお菓子をトウちゃんと三人で食べていて、なかなかユーリを返してもらえなかった。ユーリはなぜだか側妃様の背後でオレから隠れているし、いつもならユキちゃんと喧嘩をしても仲裁をしてくれるトウちゃんも呆れたように笑うだけだった。
 側妃様がユーリに今夜は泊まっていくかと問いかけるから、思わずユーリの返事を待たずに彼女を自分の膝へと引き寄せてしまった。
 あぁ、またやってしまったと思った時にはもう遅い。真っ赤になったユーリがオレを睨む視線から顔を背けながらも「連れて帰らせてください」と呟けば、側妃様が羽の扇子をひらひらと揺らして、真っ赤になっているユーリの顔を仰ぐ。

「ユーリはどうしたい?」

 トウちゃんが揶揄うのはやめてください、と側妃様を嗜めてくれたけれど、楽しそうな側妃様はユーリの返事を穏やかな笑みを浮かべながら待っていた。

「……タクトと戻ります」

 消え入りそうな声で恥ずかしそうに呟くユーリの反応に思わず顔を緩ませてしまって、必死に表情を取り繕っても多分隠しきれてはいない。本当は手を繋いで踊り出したいほど、浮かれた気持ちでユーリと一緒に自分の宮へと戻るオレの姿はきっと誰が見ても恋に溺れているのかもしれない。
 
 『第一王子は王から与えられた踊り子の娘を片時も傍から離さないほど気に入っている』
 
 それは確かに間違いではなかったけれど、まるで子供みたいに初めての恋に戸惑う俺達の気持ちなんて置き去りにしたまま、世界が動き出そうとしている事に浮かれたオレは何一つ気付かないし、気にも止めていなかった。
 
 

 
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