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 視察を終えて宮殿への帰路、目が合えば幸せそうに微笑むタクトとユーリを見ていると、人生は何があるかわかんねぇもんだなと思った。決して幸せな出会い方ではなかったはずだ。身分差もこれから先の未来を考えても、決して簡単にはいかないと思う。二人が惹かれあっている事に気がついた時、応援してやるべきか、気の迷いだと諭すべきか迷わなかったわけじゃない。
 ガキの頃から目の前にいた同い年の腹違いの兄はバカがつくほど優しい奴だった。もっと自由に我儘に振る舞った所で誰も咎める事などないのに、腹違いのオレやトウイチローにどれだけタクトは気を遣ってきたのだろう。面倒だから関わらない事もできた。一線は引くべきだと思っていた。弁えろ、と大嫌いな父王にいわれずともそんな事はわかっていた。正統な血統の隣国の王族を母に持つ第一王子のタクトと踊り子の母親から生まれた第三王子のオレは生まれた時から大きな差がある。
 正妃の侍女だった側妃を母に持つ第二王子のトウイチローもタクトが王になるべきだと思っているし、自分の立ち位置をよく理解しているやつだった。それなのに当の本人のタクトはどれだけ突き放してもオレやトウイチローに構ってくるし、あからさまに寂しそうな顔をするから、結局オレもトウイチローもタクトの事が放ってはおけなかった。ただの優しいだけの弱いヤツじゃない。ふわふわと緩い顔をしながら、世の中をよく見ていて人を惹きつける才能がある。ほんの少しの陰りも嘘もない笑顔で「トウちゃんやユキちゃんはすごいね」なんて手放しに褒める腹違いの兄はもはや大切な友であり、支えるに値する男だった。

 だから、そんなタクトが心から幸せそうに微笑んでいる姿を見ているとユーリと恋をした事は間違いじゃないと思いたかった。王子の寝室へと送り込まれた踊り子のユーリに対しては、宮から離れた街中に別邸を与えられた母の姿を思い出さないわけではない。タクトとユーリがこのまま一生、二人でいられるなんて思ってはいないけれど。いつもどこか寂しそうな顔をしていたタクトが幸せそうに笑うなら、その幸せは守ってやりたいと思った。

『ねぇ、ユキちゃん。どうしよう』

 ガキの頃から、何度もそう言って疑う事なく、腹違いの身分が低いオレをタクトが信じて頼りにしてくれるのなら。オレはコイツの為なら命を賭けるのも悪くないなんて、思っている事は口が裂けても言わないけれど。

『オレ、ユーリの事がすごく好きだったみたい』

 二人がどんな会話をして、どんな流れで心を通わせたのかなんて知りたくもないし、知らなくても良いと思っていたけれど。馬の背に揺られながら、いつの間にか寝てしまったユーリを宝物のように抱き締めて、幸せそうに微笑むタクトの隣を馬で駆けながら「ンな事はオレもトウイチローもとっくに気付いてたよ」と言ってやったら、タクトは目を丸くして驚いていた。
 タクトとユーリの変化に気がつきながらも知らないフリをしたのは、オレとトウイチローには関係のない事であり、口を挟むべき事でもなかったからだ。
 第一王子のタクトに女が出来るのは良い事で、むしろ歴代の王を思えば遅いぐらいだし、今まで全ての縁談から逃げていたタクトを考えれば、もっとオレ達はタクトを焚きつけても良かったとは思う。けれど、オレもトウイチローもそうしなかったのは、やっぱり半分だけ血の繋がった兄もどきの友人が大切だったからで、タクトが自分の心のままに動く事を大切にしたかった。
 真っ赤になりながら、初めての恋に頬を緩ませるタクトを肴にトウイチローに視察の報告と土産話をするのが楽しみで仕方なくて。思わず、並走していた馬の腹を蹴って、早駆けをすればタクトが慌ててついてくる。
 このまま、あの性格の悪い父王が黙って見ているはずはない事はわかっているけれど、オレとトウイチローぐらいはこの二人の恋を手放しで祝福してやりたかった。

 乾いた風と砂の大地を統べる王になるのは、優しさと強さを備えた人の心を掴む事ができるタクトでいい。宮殿に到着したのは夕暮れで、父王への謁見は時間が遅い事を理由に明日へと延期をした。目を覚ましたユーリは砂だらけになった衣服を手で払うと、生真面目にオレとタクトに同行させてくれた事への礼を告げた。オレ達の帰還を耳にしたトウイチローがすぐに駆けつけてきて、疲れを労ってくれる。

「良い旅になったみたいだね」

 寄り添うタクトとユーリの二人の空気感が変わった事を察したのか、トウイチローが穏やかに微笑んで荷物を運ぶ事を手伝うと申し出た。留守番していたのがオレの方だったら、正直タクトとユーリの関係が進展した事なんて気がつく自信はなかったから、やっぱりトウイチローもすごいと思う。

「なぁ、とりあえず腹が減ったから何か食わせてくれ」
「すぐに用意させるよ。それに3人とも砂だらけだからすぐに湯の準備もしよう」
「トウちゃん、ありがとう!もう口の中もジャリジャリだもん」
「タクトはユーリと二人で自分の宮で入ってくるといい。ユキはボクの宮で用意させよう」
「え!?」

 トウイチローの冗談めいた言葉にタクトとユーリが顔を見合わせて真っ赤になる。こいつら、本当に何も進展していないのかと一瞬思ったが、せっかく一晩同じ部屋にぶち込んでやったからそんなわけはないだろう。
 結局、その後タクトはユーリを自分の宮に送り届けると、自分の着替えを抱えてオレとトウイチローの入っている湯浴みに飛び込んできた。

「まだ、オレ達何にもしてないから!口づけもしてないから!」

 真っ赤な顔で全裸で叫んだタクトにトウイチローは肩を震わせて笑い出すし、オレはもう腹を抱えて笑うしかないし、そんな甲斐性なしがこの国の後継者で大丈夫かよ、なんて笑い飛ばせば「そんな急に無理だよ!!ユーリの顔見るだけでドキドキしちゃうんだから!」と目をぐるぐると回しながら叫び返してくるタクトを見て、今夜はやっぱり盛大にからかい倒してやろうとオレは強く思った。
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