18

 繋いだ手は迷子防止じゃなくて、オレがユーリの手を離したくないから。お互いの気持ちが通じ合って、もう彼女に触れたくなる理由に言い訳はしないし、理由付けなんてしなくても良いのだと思うと自然と顔が緩んでしまう。あからさまにヘラヘラと笑っているオレを見て、ユキちゃんは呆れた顔で突っ込む事すら諦めているようだった。ユーリも熱っぽい視線でオレを見上げてくれるから同じ気持ちな事が嬉しくて「ユーリ、オレの顔ばっかり見てどうしたの?」とわざと言ってみたら、期待した答えとは違う「お金、落とさないように気をつけてね」って言われた時は泣きそうになったけど、きゅっと握り返してくれた手が嬉しくて、やっぱり顔は緩んでしまった。
 昨日、ユーリは人のお土産ばかりを買っていて、自分の物を全然見てくれないから、ユーリが宮で着れるように動きやすそうな、けれどそれなりにデザインが可愛い服を探す事にした。ただ、買物中に1番ユーリが反応したものが乗馬の練習にも着れるようにとユキちゃんが男の子みたいな服を勧めた時だったのは複雑な気持ちになった。目をキラキラさせていたのはずるい。オレがユーリに似合うだろうと思ってネックレスを勧めた時は即答で断ったくせに。
 結局ユキちゃんは途中までは一緒にいたけれど、行きたい所があるからと別行動になってしまった。多分、気を遣ってくれたんだろうけど、もしかしたらニヤニヤしているオレを見ていられなくなったのかもしれない。

「ユーリは何か見たい物ある?」

 ユーリに買った服はユキちゃんが先に宿屋へと運んでくれて、オレ達は身軽だったから、どこか行きたい所があればどこへでも行ける。王宮から離れた場所だからこそ、のんびりできる事も事実だった。明日には王宮へ戻る予定だし、ユーリはまたオレの宮に閉じ込めてしまう事になる。そう思うと、彼女の望む事や喜ぶ事を少しでもしてあげたくて、何をすれば嬉しいと思うのか知りたくてたまらなかった。

「屋台、一緒に見て回りたい」
「何か食べたい物があるの?」
「そういうわけじゃないけど、なんとなく」

 並んで歩き出すと、ユーリは遠慮がちにオレの服の裾を掴む。そこは手を繋いで欲しい所だなぁ、と思いながらも歩くたびに少しだけ引っ張られる感覚も嬉しくて、まぁいいかとそのままにしておいた。
 屋台の並ぶ道を歩きながら周囲を見渡せば、香辛料の香りや甘い香りが入り乱れて、なんだか鼻先がくすぐったい。小さな子供が手伝っていたり、仲睦まじい夫婦が切り盛りしていたり。今まで何気なく通り過ぎてきた街の風景の中に、ユーリの未来も本当はこんな風に穏やかなものであるべきだったのかとも考える。
 けれど、今更この恋を無かった事には出来ないし、ユーリを手放すことなんて出来る気はしない。

「ねぇ、ユーリ」

 服の裾をつまんでいたユーリの指を解いて、ちゃんと手を繋ぎ直す。このままずっと、こうしていたいなんてオレには言う権利はないし、言えるわけもない。ただ、オレに出来ることなんて精一杯、彼女の事を大切にしようと努力する事だけだ。

「オレを好きになってくれてありがとう」

 大切にするよ、とか幸せにするよ、なんて言葉は今のオレにはとても口には出来なくて。ただ、それだけの言葉しか言えなかったオレに、ユーリは少し困った顔で笑うと小さく頷いた。
 屋台ではユーリの好きな葡萄を買って、日陰で並んで座って食べる。出会った頃にタクト様と呼ばれたくなくて、彼女の口に葡萄を詰め込んだ事は笑い話だったけれど、ユーリと出会えた事はとても幸福だったのだと思う。
 本音を言えば、王宮には帰りたくなかった。あの狡猾な父王の思惑通り、ユーリに恋をしたオレはこの先どうなるのだろうと不安にならないわけじゃない。

「タクト、難しい顔してる。大丈夫?」
「んー、平気。幸せを噛み締めてただけ」
「そういう恥ずかしいことばっかり言わないで」

 顔を赤らめたユーリがオレの口に次から次へと葡萄を詰め込んでくるからおかしくて、わざと彼女の手を避けながら二人で顔を見合わせて笑う。意外と諦めの悪いユーリの手首を掴めば、少し不満げな顔になる。
 守りたい、なんて都合の良い言葉は言えるはずもなく。ただ黙って彼女の指先に軽く唇を触れたら、甘酸っぱい葡萄の香り。言えない言葉を飲み込む様に、ユーリの手首に口付けたら、真っ赤な顔になって必死に腕を振り解こうとする姿が愛しくて、彼女の膝の上に葡萄の籠がなければ抱きしめていたと思う。

 多分、これは独占欲。執着とも呼べる複雑な感情が育っていく事に不安がないわけじゃない。ねぇ、ユーリ。オレと出会った事をいつか君が後悔しないように、オレに出来る事はなんでもしてあげたいと思うのは、オレの我儘なんだろうか。
 
- 19 -
[*前] | [TEXT]| [次#]
×
第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -