12
大きなお皿に乗った串焼きが 10本。何がどうしたら5本分の値段で倍の串と頼んでもいない地元の酒とパンが2人分も運ばれてくるのだろう。ユキちゃんも口をポカンと開けて、唖然としていた。
オレとユキちゃんはユーリにどこか美味しそうな串焼きの店を見つけて、と頼んだだけなのにどうしてこうなったんだろう。
「嬢ちゃん、こっちに串焼き4本」
「こっちは酒もよろしく」
「かしこまりました!」
狭い店内はいつのまにか客でいっぱいになっていて、店の前で串を焼いている店主は額に汗を滲ませながら上機嫌だった。
オレ達の席に料理を運んできたユーリは「先に食べていて」なんて笑うと店の奥へと小走りに戻ってしまう。
「嬢ちゃん、悪いけどあっちの席も頼めるかい?」
「わかった。そっちも運べばいい?」
店の奥から聞こえる声に耳をすませば中年の女性とユーリの声。器用にお皿を3つ持ったユーリがすぐに出てきて、オレ達とは反対の席へと向かう。小柄な体は狭い店内を泳ぐみたいにすり抜けて、どんどん料理を運んでいく。オレとユキちゃんは串焼きを頬張りながら、そんなユーリの姿を目で追うしかなかった。
「アイツ、すげえな」
「うん。なんかびっくりしちゃったね」
オレとユキちゃんに美味しそうな串焼きの店を探して、と頼まれたユーリは市場で何人かに声をかけると、この店を選んだ。けれど、あいにく店の中で今日は食事が出来ないと言われ、話を聞けばいつもは給仕を手伝う娘の体調が悪いらしい。夫婦2人では混み合う時間は手が足りないので、仕方なく今日は持ち帰り分だけの営業なのだと話していた。
悪いな、と肩をすくめた店主が「うちの串は酒が進むから本当は食堂も開けたいんだがな」と嘆けばユーリが一度だけオレとユキちゃんを振り返ると「私、宿屋で育ったから手伝うよ。その代わり、この二人に席用意してもらえないかな」と申し出た。そこからはもう話が早くて、オレとユキちゃんは1番奥のテーブルに通されたし、ユーリが頭に巻いた布を女の子っぽく結び直すと、いくつか店主と段取りの確認だけをして給仕にたつ。
「あれ、娘さんは?」
「新しい子、雇ったの?」
すぐに串屋の常連達が席を埋めて、見慣れない顔のユーリに興味を持つ。ただの臨時の日雇いだよ、なんて笑いながら客と会話をするユーリはまるで知らない人みたいだった。ユキちゃんも働く姿を横目で見ながら、パンを頬張る。
「タクト、熱いうちに食った方が美味いぞ」
「あ、うん。わかってる」
楽しそうに働くユーリを見ているとなんだか複雑な気持ちになって、胸の奥がぎゅっと締め付けられる気がした。オレの宮にいる時のユーリは、こんな風に笑っていただろうか。くるくるとよく働くユーリは臨時の給仕のはずなのに、まるで最初からここにいたみたいに溶けこんでいる。
屈託なく笑う姿も、気安くユーリに声をかける常連も、なんだかとても遠く思えた。熱々の串焼きは美味しくて、宮で食べるよりも味も濃いからパンにも合う。けれど、何がこんなに物悲しくなるのだろう。
「……タクト、気分悪い?大丈夫?」
「え!?」
ユーリから目を逸らして、ぼんやりと椅子の足を眺めていると不意に顔を覗き込まれる。オレの視界に飛び込むみたいに目の前に腰を下ろしたユーリが心配そうに見上げていた。
「お酒の匂いに酔った?」とか「騒がしくて疲れちゃった?」なんて、まるで子供に話しかけるみたいな優しい声色。思わず下唇をきゅっと噛んで、なんでもないよと曖昧に笑うオレをユーリはどう思っているんだろう。
「嬢ちゃん、こっちに酒の追加!」
「わかりました!」
店の入り口近くに座っていた男がユーリを呼ぶ。慌てて立ち上がった彼女が服を翻して背中を向けた瞬間、思わずユーリの手首を掴んでしまった。
「タクト?」
「あ、ごめん!」
びっくりしたようなユーリの顔。オレも自分で驚いたから慌てて手を離す。一気に地酒を飲み干せば、ほんのり甘くて苦いのに、喉は焼けるように熱を持つ。ユーリは一度振り返って、何を思ったのかオレの頭をポンポンとあやすみたいに撫でると「ごめん、行ってくるね」と眉を下げた。
困らせた、と思ったら恥ずかしくてたまらなくなる。耳まで熱くて、顔も熱くて、多分これは一気に飲んだ地酒のせいだと思った。
「兄ちゃんの嫁か?働き者で良かったなぁ」
「いや、まだ恋人ですらないだろ。なぁ、どっちだ?」
オレとユーリのやり取りを見ていた隣のテーブルの男達がにやけた顔で笑う。他人から見てもおかしいぐらいオレは過剰な反応をしてしまった事に羞恥が募って顔を伏せた。
初々しいなぁ、とか兄ちゃんでっけぇ体してんのに可愛いなぁ、なんてゲラゲラと笑う声が聞こえる。何も言い返せなくなってしまったオレの代わりにユキちゃんが呆れた顔で「うっせーな。酔っ払いが絡んでくんな!」と一喝してくれた。
ユーリの耳には入らないで欲しいなんて思いながら、夢中で料理を頬張る。ユキちゃんは何か言いたそうな顔をしていたけれど、結局何も言わなくて、オレと奪い合うように料理を食べた。
思っていた以上に繁盛している店の席をいつまでも占領しているのは申し訳なくて、食べ終わると同時に席を立つ。
「ユーリがここにいる間に、連れて行きにくい場所だけ先に視察するか。ここの夫婦に気に入られたみたいだし、しばらく一人にしても大丈夫だろ」
「うん。オレ、先に店を出るね。ユーリにはユキちゃんから伝えてくれる?」
「ん、わかった。店の前にいろよ。勝手に動くなよ?」
「わかってるよ!」
時々、常連客に絡まれても上手くかわして笑顔を振り撒くユーリは育った宿屋でもあんな風によく働く子だったんだろう。どこか生き生きとしているユーリの姿を横目で見ながら、不慣れな空間から逃げるように店を出た。
「兄さん、悪い。しばらくユーリちゃん、借りるな」
「ユーリのこと、お願いします」
熱い鉄板で焼ける肉をぼんやりと見ながら、軽く頭を下げる。
「あんな成りしてるから、男の子かと最初思ったんだよ。よく働く良い子だなぁ」
「……そう、ですね」
うちでこのまま働いてくれてもいいよ、なんて店主がゲラゲラと笑う。オレは自分がどんな顔をしているのかなんてわからなかったけれど、店主がオレを見て「冗談だよ、兄さんそんな顔するなよ」なんて、呆れていたから変な顔をしていたのかもしれない。
店の中から不意にユーリが飛び出してきて、オレの前に立つ。空になったお代わりの皿を店主に差し出して、追加を頼むと心配そうにオレを見上げる。
「さっき気分悪そうだったけど、大丈夫?少し外の空気吸ってくるといいと思う。気をつけてね」
「気をつけるのは、オレじゃなくてユーリだよ」
気をつけて、なんて真顔で言われるとなんだか複雑な気持ちになるし、ユーリはオレの事をなんだと思っているのかと少しムッとしてしまう。
自分の頭に巻いていた布に付けた羽飾りを外して、ユーリの髪を纏めていた布に付ける。
「タクト?」
「ユーリも落ち着いたらちゃんとご飯食べてね」
確認するみたいに羽飾りに手を伸ばしたユーリが静かに頷く。店から出てきたユキちゃんと何か軽く言葉を交わすと、ユーリはオレに小さく手を振って店の中へと戻っていった。
一人お店に残したユーリの事を気にしつつもユキちゃんと街の中を歩く。ユキちゃんは子供の頃から武官の人達と一緒にいる事が多くて、街の視察や巡回にもよく参加をしていたから色々な街に繋がりがある。
ある程度、街の権力者の動向なんかも把握していて第一王子のオレよりも、ずっとこの国の事を考えていると思う。豊かで平和な砂漠の国。
数多く点在するオアシスから受ける恩恵も、今は陰りもなく静かに国を潤してくれるのだろう。
「オレ、ちょっと学校の方も見に行ってもいい?」
「あぁ。この後、周るつもりでいるよ」
街の警備についてや税金のこと。いつもなら細かい街のお金の動きなんかはトウちゃんがサラリと把握してくれるけれど、今回はトウちゃんが留守番をしているからオレとユキちゃんは少しこの辺りの細かい分野については苦手だったりする。
武官としても優れているユキちゃんと、文官としての才能に溢れているトウちゃん。二人がいればオレなんていなくても良いんじゃないかなといつも思うのだけれど、口に出すとユキちゃんの拳骨が飛んでくるから段々と言わなくなった。
「ねぇ、この街は好き?」
子供達の笑い声が溢れる学校の近くで笛を吹いていると、いつの間にか子供達が寄ってくる。オレはどの街に行っても、同じ事を子供達に問う。笑顔で頷くのを見る度に心のどこかで安堵して、勝手に気持ちが安らぐ気がした。
ウードは荷物になるから宿屋に置いてきたし、今手元にあるのは小さな笛が一つだけ。
子供がよく笑うのは良い国なのだとオレは思う。流行りの歌だったり、次から次へと吹いてみせて、と請われれば言われた通りに笛の音を響かせる。ふと脳裏に過ぎったのはユーリの姿。ここにいたら、もしかしたらオレの音色に合わせて踊ってくれたのかな、なんて。
「……オレ、ユーリの事ばっかり考えてる」
ユーリの頭に残してきたオレの羽飾り。きっと彼女が踊ったなら、ひらひらと揺れて人の目を惹くのだろうと思うと、言いようのない感情が胸を揺さぶる。オレの宮にユーリを閉じ込めているようで、感じていた罪悪感。けれど、宮の外に出てユキちゃんと馬を駆る姿も、食堂で嬉々として働く姿も、なんだか物珍しくて、けれどどこか寂しくて。
オレはユーリの事なんて、結局何一つ知らないんだって事、思い知らされてしまって、少し胸がチクリとした。