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 この国の第一王子にもたれて、まさかのうたた寝。思わず目を開けて、タクトの胸にもたれたまま眠っていた事実に慌てて体を起こそうとしたら「危ないよ」と抱き締められた。温もりも優しい声も、ただの踊り子風情に向けられるべきものじゃない。本当はもう、そのまま目は覚めていた。けれど、そのままもう一度寝たふりをしたのはどんな言い訳をすれば良かったのかもわからなかったし、どんな顔をすれば良いのかわからなかった。
 タクトは私の寝たふりには気が付かないのか、そのままあやすみたいに背中を優しく叩きながら小さな声で歌を口ずさむ。どこか知らない国の言葉で、歌詞の意味はわからなくても、心地良い音は耳に残る。優しい、優しい、王子様が口ずさむ曲。思わず泣きたくなるような優しさに、これ以上考えることをやめようと思ってた。
 街に到着する少し前に、タクトは優しく私の名を呼ぶ。遠慮がちに体を揺すられて、ゆっくりと体を離せばどこか寂しさが胸に広がった。

「ユーリ、起きて。街につくよ」

 振り返れば大きな街が目前に迫っていて、生まれ育った場所とは違うのに、どこか懐かしさを感じる。タクトは街に入ると、私を馬上に残して身軽く馬から下りる。当たり前みたいに「気をつけて」と手を伸ばされて、つられて手を伸ばしてしまう。もう足もお尻も痛い所はない。一瞬、抱きあげたまま「そういえば歩ける?」なんてとぼけた顔で心配するタクトは優しすぎる人だった。

「平気。あの……ごめんね、寝てたみたい」
「気にしなくていいよ。ずっと緊張してたと思うし。あ、この子の事は褒めてあげてね」

 どこか安堵した顔でゆっくりと地面に降ろされる。タクトの真似をして、栗毛の馬を労るように撫でると鼻先を鳴らして甘えていた。

「ユーリとも仲良くしてくれてありがとう。もうすぐ休ませてあげるからね」

 優しい声で話しかけるタクトが馬の体を撫でる。慈しむような声に、彼がとてもこの馬を大切に思っているのがわかった。子供の頃からタクトを乗せているという栗毛の馬はどこか誇らしそうな顔をしている。振り返れば、ユキの馬も同じようにユキに鼻先を寄せて甘えていて、屈託のない笑顔を浮かべるユキがそれに応えていた。
 綺麗な毛並みをした馬は財産だし、王族である彼らの所持する馬はとても立派だった。先に宿屋に預けると聞いた時は大丈夫かなと思ったけれど、屈強な体格をした馬番がいる宿屋だったから安堵する。ユキが何かを告げながら馬番の手にお金を握らせていたから、あの馬番はちゃんと仕事をするのだろう。
 着替えや荷物を部屋に運び入れてもらい、第二王妃様から渡された麻袋を服の内側へと忍ばせる。ほんの少し余興程度にしか王妃様の前では舞っていないのに、報酬と呼ぶには金額が多すぎる。

「準備出来たか?」
「うん、大丈夫」

 ユキは腰に下げた刀の紐を結び直しながら、私をタクトの方へと押しやる。目つきの鋭さのせいなのか、ユキはどこかの護衛兵にも見える。背の高いタクトはユキと似たような服を着ているのに、お坊ちゃんぽさが抜けていなくて、同じような服装なのにカモにされるならタクトだろうなと思ってしまった。

「タクト、何か買う時は私に声をかけてね」
「え?どうして?」

 私が住んでいた街でタクトがフラフラと買い物をしていたら、多分定価よりもずっと高い値段で売りつけられると思った。養母の切り盛りする宿なら相場よりも高めに設定しても、多分タクトは気が付かずに払ってしまいそうな気がする。
 私も多分、こんな人を見かけたら高めのお酒を勧めるし、勝手に料理も押し売っていたと思った。

「ねぇ、お金どこにいれてる?」
「上着の右ポケットだけど」

 タクトが歩くたびに聞こえるお金がぶつかる音。荷物の中から小さめの布を引っ張り出して、タクトのポケットにおもむろに手を突っ込む。驚いたように声を上げられたけど気にせずそのまま皮袋を取り出して、布で包んだ。

「そいつ、すぐ落とすから最低限しか持たせてねぇよ」
「うん。その方が良いと思う」
「なんでオレが絶対落とすと思ってるの!?」

 幾分かお金の音が聞こえなくなったのを確認して、タクトの右側を歩くことにした。多分、落とすというよりも盗られた事も何度かあるんじゃないかなと思う。人の良さそうな優しいお金持ち風の若い男なんて、街でも一歩裏側に入ればただのカモだ。

「タクト、街を歩いていると子供に色んなもの売りつけられない?」
「あ、うん。花とか綺麗な石細工とか」

 なんでわかるの?なんて不思議そうに微笑むタクトは私の頭を不意にポンポン、と軽く叩く。まるで小さかった頃の私が慰められているような不思議な気持ちになった。子供の頃、街で養母の作ったパンを売る時、できるだけ優しそうな旅人風の相手を探しては声をかけた事をタクトは知るはずもないのに。

「声、かけてくれるのは嬉しいからいいんだ。オレに出来ることは限られているし、ね」

 あの子達はオレが王子だなんて知らないから、と視線を伏せたタクトは寂しい目をしていた。
 安易に想像出来る。この優しい王子様が街をフラフラ歩いていたら、多分すぐに物売りの子供達に囲まれてしまうんだろう。きっとその場に腰を下ろして、話を聞いて「えらいね」なんて頭を撫でてくれるんだろう。彼が買ってくれた事で、子供達の飢えが満たされることも、それが一瞬にしか過ぎないこともわかっているのかもしれない。

「タクト、ユーリ、行くぞ」
「あ、ユキちゃん待って!行こう、ユーリ」

 宿屋を出れば活気溢れる街の雰囲気が懐かしい。ユキとタクトが交わす会話は時々難しくてわからいこともあったけれど、二人がこの国を大切に思っていて、少しでも良くなればいいと思っている事は伝わってくる。多分、王族の二人には見えなくて、私には見えるものもきっとあるだろうから。
 タクトのお財布がスリに合わないように気をつけながら、賑やかな街の中を三人で歩く。背の高いタクトはどうしたって目を引くし、目立つ。

「ユーリ、はぐれないでね」
「大丈夫だよ」

 私、街育ちだよと言いかけて口を閉ざす。当たり前に差し出された手に一瞬、繋ぐ事を迷う。深い意味を持たない、差し出されたタクトの右手。

「タクトが迷子にならないように気をつけるよ」
「え?迷子になるのオレの方?」
「それ、めちゃくちゃわかる。コイツ、気がつくとフラフラどこかへ行っちまうんだよな」
「じゃあ、ユキちゃんも繋ぐ?」

 繋がねぇよ!ガキか!とユキに怒鳴られているタクトの右手を掴まえて、できるだけ隣を歩く。傍から見たら多分、変な三人組だろうなと思うけれど、なんだかとても楽しくなってしまった。

「あの、街の中のことなら私もわかること多いと思う。難しい政治的な事はわからないけど」

 タクトとユキが知りたいと思う事の答えを私が持ち合わせているかはわからないけれど。ただの街娘で踊り子風情を対等に扱ってくれる二人の役に立つことがあるなら、少しでも力になりたかった。

「そりゃ頼もしいから色々頼むよ。あー、そうだなぁ。とりあえず、さ」

 ユキが私の言いたい事の意図を悟ったのか満足そうに頷いてくれる。タクトも優しい顔で笑っていたから、繋いだ手が段々と熱を帯びるような気がした。

「腹が減ったから、美味い肉食えそうな店、探してくれ。出来ればちゃんと日除けがあるところ」
「それなら串焼きが出るところがいいなぁ」

 二人の王子様の些細な望み。私にも叶えてあげられそうなお願い事が嬉しくて、思わず「任せて!」と大きな声をあげてしまってから、自分の声の大きさに驚いてしまった。
 
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