小説 | ナノ
夏の夜風に







「土方さん、起きていらっしゃいますか?」




襖の向こうから鈴の音のような声が響いた。
夕餉を食べ終えてからずっと篭りっきりで文机に向かっていた土方は窓から覗く月を眺めた。
おそらく月の傾きから時は子の下刻頃だろうか。
こんな夜更けに部屋を訪ねて来るとは何事か、と不思議に思いながらも土方は声の主に応えた。


『入れ』


そう告げると、程なくして襖が引かれ、寝間着姿の千鶴が遠慮がちに部屋へと上がり込んだ。














『こんな時間に何か用か?』
「い、いえ!用という訳ではないんですが…」

言葉尻を濁しながら千鶴は土方の様子を伺っていた。

『ならさっさと部屋に戻りやがれ。年頃の女が用もねぇのにこんな時間に男の部屋にのこのこ来るんじゃねえよ。』

それはこの男ばかりの新選組に身を置く千鶴を気遣っての言葉だったのだが。
返ってきた答えは土方の予想に反したものだった。

「……部屋には戻りたくありません。仕事の邪魔はしませんので、どうか今晩だけここに居させて下さい」

千鶴は深々と頭を下げながら必死に土方に懇願した。

しかし土方は
『悪いが理由も言えないような奴は部屋に留めておけねぇな。』
と、告げると千鶴に部屋を出ていくように促した。

「わかりました。理由はお話しますから、その、怒らないで聞いて下さいね?」
『それは内容によるがな』
「えっ!?」
『冗談だ。ほら、理由を話してみろ』




先程より表情を和らげた土方に千鶴はここへやって来るまでの経緯をぽつりぽつりと話始めた。






























『つまり千鶴は怪談話を聞いて寝られなくなって、遅くまで起きてるだろう俺の所へやって来たと、そういう事か?』
「……はい」
『ったく。仕方ねぇ奴だな。大方、総司にでも無理矢理に参加させられたんだろ?』
「……はい」
『…今晩だけ、だからな』
「いいんですか?土方さん」
『隊士の不始末の責任を取るのも副長の勤めだろ』

短い思案の後に出た土方の許しに千鶴は待ってましたと言わんばかりの早さで床に布団を敷き、横になった。

「あの、土方さん」
『お前、明日は朝餉の当番だったろ。俺の事は気にしないでいいから早く寝ろよ』
「何から、何まで、すみません。お先に、失礼しま、す……ね」

相当に眠かったのだろう。
布団に横になり、ものの数秒で千鶴は規則正しい寝息を立て、夢の世界へと旅立っていった。














『………これじゃあ仕事になりゃしねぇな』



千鶴の寝顔を見つめながら
土方の呟きは、誰に聞かれる事なく宙(そら)に溶けて消えた。







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2011.08.05 飛花 様に提出

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