小説 | ナノ

今日も彼は部屋に篭っていた。
朝餉の時間になっても広間に顔を見せない。
いや、それどころか。
最後に一緒に食事を取ったのは何時だったろうか?


(……片付けが終わったら、様子見がてら簡単に食せる物を持って行こう)


一人、様々な思案を巡らせながら、目の前の自身の朝餉を急いで食べ進めた。

















それから、片付けを手早く済ませ勝手場で握り飯と熱いお茶を用意し、目的の部屋を目指す。


「土方さん、雪村です」

『入れ』

「失礼します」

了解を得て、静かに襖を開くと、ちらりとこちらに視線だけを寄越し、すぐに机上へと落とした。



『何だ。急用か?』

「あの、最近食事の時間に姿をお見かけしないので…」

『あぁ。急を要する案件が多数あったからな。悠長に食ってる時間がなくて。……それだけか?』

「い、いえ!」

『なら、さっさとしろ』



こんなやり取りをしている間も、筆を動かす手を止める事は無くて、本当に大量の仕事を抱えてるんだと痛感するが。



「あ、の。少しお休みになった方が良いと思います」


意を決して発言してみたものの、返って来たのは少し苛立ちを含んだ一言だった。


『人の話を聞いてなかったのか?』

「き、聞いてました。けれど…」

『おまえの用が休め、って言う事ならそれは無理だ』



きっといつもの私だったら、ここで「…わかりました」と退いてしまうだろう。
だけど、


「今日だけは、私も譲りません!土方さんの仕事が忙しいのは百も承知です。だけど無理を続けて、土方さんが倒れでもしたら、その方が新選組にとって痛手になると思います」

『…』
「…」




互いに暫くの沈黙の後、先に口を開いたのは土方さんだった。






『おまえも言うようになったじゃねぇか。そこまで言われたら仕方ねぇ。……半刻ぐらい休むか』

「ありがとうございます!休んだ分のお仕事、私も手伝いますから!」

『いや、それは大丈夫だが。千鶴、おまえにはもっと大事な仕事がある。ちょっと此処に座れ』

「はい?」



土方さんに言われるがまま、指示された辺りに腰を下ろすと同時、ずしり、太ももに感じる重み。


「ひ、土方さん!?」

『何だ』

「こ、これ、は?」

『半刻休むのに布団引っ張り出すのは大袈裟だろ?だったらおまえの膝を借りるまでだろ』

「枕くらいなら出します!!」

『休め休め言ったのは、おまえだろうが。』

「そうですけど…」

『なら、ごちゃごちゃ言わずに大人しくしとけ。それと、きっちり半刻経ったら起こして、くれ…よ』



余程疲労が蓄積していたのか
程なくして彼の双瞼は静かに閉ざされた。




「土方さん。寝ちゃいましたか?」

『…』




眠りの程度を確認してから、改めて思う。
何時もは見上げるばかりの彼の顔を、今は間近に見下ろしている。
睫毛が意外と長いんだ、とか
肌が女性のもののようにすごく綺麗だ、とか
そんな綺麗な肌に似つかわしくない隈が出来てしまってる、とか
寝ている時まで眉間に皺を寄せている彼に苦笑しながら、つんつんとその皺を突く。


『う…ん』と唸りながら、うっとおしそうに顔を背けそうになるので、私は慌てて手を引っ込めた。


こんな絶好が機會はない。


身体を少し屈め、規則正しい寝息を吐き出す口唇に自身の口唇をそっと重ねた。
我ながら大胆な事をした、と思いつつ、惜しみながらゆっくりと口唇を離す。



その寝顔は、私が何をしたのか知る由もなく、ただただ穏やかであった。







眠るきみに秘密の愛を






※朝餉…朝ご飯
半刻…一時間
絶好が機會…絶好の機会

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