小説 | ナノ
朝飯後、広間の膳を片付けた私には土方さんに任された仕事がある。
ぱたぱたと廊下を小走りし、目的の部屋の前で小さく声をかける。
「沖田さん」
『…』
「失礼しますよ?」
そっと襖を開くと、主の居ない布団だけ。
手を伸ばせば、そこにはまだ残る温もり。
持参した盆を部屋に置き、私は沖田さんの捜索を開始した。
「そんなに遠くへは行ってないはずだから…」
短い思案の末、私はこの部屋から程近い裏庭へと足を向けた。
「沖田さん!」
裏庭に向かうと、どっしりと根を張った巨木の上、その姿を見付けた。
『意外と早かったね、千鶴ちゃん』
言うのと同時、彼はひらりと巨木から舞い降りた。
「駄目ですよ、そんな事したら身体に障ります!」
『大丈夫だよ。今日は凄く調子がいいんだ』
「だからってこんな無理をするのは止めて下さい!」
『ねぇ、千鶴ちゃん。君はどうして僕がこんな無理をするか、判る?』
目線を合わせ、にやりと意味ありげな笑みを見せ、彼は唐突に問い掛けた。
「こんな風に無理ばかりする沖田さんの考える事なんて、私にはさっぱり判りません!」
少し強めの口調で答えると、まるで悪戯を咎められた子供のように彼は小さく肩を落とした。
『君に…心配して欲しいからって言ったら、君はもっと怒るかな?』
「えっ?」
『千鶴ちゃんが僕を心配してくれるのが嬉しいんだ。君が僕の身を案じている間だけは、君を独占出来てるような気がするから…』
「沖田さん…」
『ごめんね、千鶴ちゃん。もう大人しく布団に入るからさ』
彼はいつも通りの笑顔を見せると、私を残したまま部屋へと戻って行った。
「……私は何時だって沖田さんの事ばかり考えてますから」
私の呟きは、吹き抜ける春風にさらわれて、彼の耳に届くことはなかった。
続