小説 | ナノ



「あの、土方先生…」
『何だ?』
「本当にこんなので良いんでしょうか?」
『あぁ。』




5月4日。
世間はゴールデンウイークの真っ只中。
しかし私達二人は土方先生の部屋に居た。
明日、5日は先生の誕生日だから本当は遠出したり、プレゼントをあげたい、なんて考えてはいたけれど。
学生の私には当然そんなに予算もない訳で。
それ以前に私と先生が二人で居る所を誰かに見られたら大変な事で。
どうしようかと悩んでいたら、『こんな時期に出掛けても混んでるだけだから、家に来い』と、誘ってくれたのは他でもない土方先生。
この事を親友のお千ちゃんに話したら、「ついにロストヴァージンだね♪」とか言われてしまうものだから、実は勝負下着を身に着けてお千ちゃんにはアリバイを作ってもらってしまったのだが。







「千鶴の飯はどこぞのレストランや料亭なんかよりよっぽど美味いからな」



そう言って先生がリクエストした炊き合わせやお浸し、少し甘めの卵焼きなどのお料理がテーブル一面に並べられ、ぱくぱくと口に運ぶ土方先生はいつもと何ら変わらない。








「で、でも。誕生日プレゼントがお料理じゃ、あまりにも……」


そう。
土方先生に思い切って誕生日の事を切り出したら、先生は『千鶴の手料理が食べたい』と、言った。


『なんだ。当事者が良いって言ってんだから、気にする必要ねぇだろ』


言いながらも先生の箸を動かす手は止まらない。
本来なら凄く嬉しいことだけど、誕生日という一年に一度の大事な日にこれでは私の気持ち的には納得出来なくて。
どうして私は学生なんだろう。
私も社会人だったら、もう少しまともな祝い方が出来たのに。
考えれば考えるほど思考は泥沼に嵌まっていく。









『まぁ、強いて言うなら…』


手にしていた箸をことんとテーブルに置くと土方先生は意味ありげに口角を吊り上げた。


『千鶴からキスしてもらう、っていうのも悪くねぇな』
「えっ!?キ、ス…」
『ああ』
「キス……で良いんですか?」
『で、って何だよ。随分と余裕だな、千鶴』
「い、いえ!!そんな事は!」



余裕、と言うよりかは拍子抜けと言った感じ。
そんな風に思っていた私に、土方先生はふっと微笑みかけた。



『……なんてな。冗談だ。鵜呑みにするな』
「…」
『千鶴?』
「い、い……ですよ」
『おい、冗談だって。本気にするな』
「いいんです!私、お泊りの準備もして来ましたし」
『おまっ…泊まるってなぁ…』
「先生が望むなら…キス以上の事も、」



言い終わった後、先生がじっと私を見詰めていたから、思わず視線から逃れるように俯いてしまった。
その直後、私の頭にぽんぽんと先生の手が優しく触れた。








『千鶴の気持ちは嬉しいけどな。俺はお前が卒業するまでは身体の関係は持たないと決めてる。ま、けじめってやつだ。って…教え子と付き合ってる時点でけじめも何もないけどな』


それにな、と前置きした後、先生は静かに、でも力強く私を抱きしめた。


『俺は誕生日をこうして千鶴と過ごせるだけで、それだけで幸せなんだぜ』
「先生…」
『ん?』
「ありがとうございます」
『いや、俺こそありがとうな。色々気ぃ使わせちまったみたいで』
「先生」
『な、』




私は先生の言葉を飲み込むように、自分の口唇を先生の口唇に重ね合わせた。
先生の背面にある時計は今まさに日付が変わろうとしている。
先生の生まれた日へと。






「お誕生日おめでとうございます、先生」













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END

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