千鶴はそっと土方に寄り添った。頬をほんのり赤らめて、幸せそうに瞳を蕩けさせて。きゅ、と土方の腕に自分の腕を絡ませる。今日は一晩中一緒に居れるのだ。千鶴の機嫌がよくなるのも当たり前のことで――。

「歳三さん」

なんて……普段は呼ばない名前で呼びかけてみる。素知らぬ振りでそっぽを向いて煙草を吸っていた土方も、それにはびくんと肩を揺らした。

「本当お前、今日はよく甘えるな」

「……嫌なら、言ってくださいよ」

土方の口調から嬉しさを見つけ出せず、千鶴は胸が痛いのを感じながら腕を解こうと力を緩めた。久しぶりに会えたからって、一晩一緒に過ごせるからって、嬉しいのは私だけなんだ――そんなこと知ってはいたけれど、やっぱり苦しい。彼は大人で、私は子供。

「おいおい、嫌なんて言ってねえだろうが」

土方は呆れ気味にそう言って、千鶴の指を絡め取る。空いた手で煙草の火を消して、千鶴を膝の上に乗せた。ふんわりとかかってくる暖かい重圧。年頃にしては軽めのそれを、土方はそっと抱きしめた。

「ひ、じかたさ……っ」

恥ずかしそうに戸惑う声を、土方は自分の頭の上で聞いた。首元に顔を埋めれば、柔らかな甘い香りがほんのりと漂う。安心感に包まれるような、そんな彼女の香りが好きだ。

「なんだ、もう名前じゃ呼んでくれねえのか?」

「えっ、や、だってあれは……!その…」

もごもごと小さくなっていく千鶴の声に、土方は莞爾として微笑んだ。やっぱり、こいつをからかうのは楽しい。

「ま、いつかは呼ぶんだから今のうちはそのままでも構わねえよ」

「へ?」

きょとりと首を傾げる千鶴をはぐらかして、土方は彼女の髪留めを解く。さらりと柔らかい髪が流れた。

「土方さん?」

いつものシュシュじゃないリボンの髪留めをしてきた千鶴の思い……。深い意味などないのかもしれないけれど、男には『私がクリスマスプレゼント』という甘い意味にも取れた。考えすぎか、と振り払うように千鶴を抱きしめる。久々に感じる千鶴は暖かい。

仕事で疲れて帰ったとき、彼女が笑顔でおかえりなさいと迎えてくれたらどれだけいいと、何度考えただろうか。今夜、その夢を叶えてもらうために彼女におねだりをしにきたわけだが、千鶴は仕事で忙しい男でも受け入れてくれるだろうか。一生を同じく過ごす男を俺と選んでくれるだろうか。

らしくないほどに不安で震える鼓動に、土方は不機嫌そうに顔を歪めた。

「……土方さん?あの、怒ってます…よね?」

千鶴が不安げに尋ねた。馬鹿、彼女を怖がらせたくなどないのに。

「違えよ」

彼女は何も悪くない。むしろ放っておいてばかりの自分に喜んで会いにきてくれたのだから、ちゃんとお礼を言いたいくらいなのだ。でも素直になんて今更なれない。ああ、もう、苛々する…。

「……私、邪魔でしたら……」

「んなこと言ってねえだろ。帰るなよ、せっかく休みもぎ取ってきたんだから」

彼女は複雑そうな表情で頷いた。

幸せに過ごしたかったのにギスギスした雰囲気になってしまった。ああ、こんなんじゃ結婚申し込んだって頷いてもらえない。

「……悪い、千鶴」

「え……?」

「怒ってねえんだよ、別に」

「……はい」

絡める指に力を込めれば、千鶴も握り返してくれた。どうやらわかってくれたようだ。彼女は人の気持ちを察するのが得意で、こちらに思うところがあることに気付いてくれたのだろう。



2010/12/18/Web

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