鉢+竹+勘(刑事パロ・鉢雷・竹久々前提)

※チャットで話題になった刑事設定を元にしたパロ。


「さて」

ぴん、と伸ばされた指は、男のそれにしてはやや華奢だったが、圧倒的な威圧感があった。誰かが、ごくりと唾を飲み込む音が響き渡る。誰か、ではなく、それは俺の音だったのだ、と気付いたのは嚥下したものの冷たさが喉を通りぬけた時だった。じわりじわりと、速まる鼓動に高まる緊張。俺は三郎の口が再び開くのを、穴が開くくらい見つめた。------けど、どれだけ待っても、次の言葉が紡がれることはなく、思わず突っ込みを入れる。

「って、何やってるんだよ、三郎」
「何って、探偵ごっこ」

ほらテレビドラマだと事件解決の時にその言葉から始まるじゃないか、とのたまう三郎に頭痛がしてくる。なぜならば、ここは探偵事務所ではないからだ。某アニメのごとく、相手を眠らせるような麻酔銃なんていうものもなければ、超高速で移動できるスケボーもない。代わりにあるのは本物の銃やパトカーだった。

(つまりは、警察なわけで。その警察で探偵ごっことか阿呆だろ)

この糞忙しい時に勘衛門から頼まれた書類を届けに鑑識の三郎の元に訪れば「やぁ、竹谷助手。いいところに来たな」とやけに芝居がかった奴に出迎えられた。まぁ、口元にパイプでもあれば探偵の雰囲気の一つや二つ出ていそうなものだが、生憎、三郎が銜えているのはチュッパチャップスだった。あの、どちらかといえば子ども向けの棒付きキャンディなわけで。それでも、奴の口から「解決」という言葉が出たとなると期待せざるをえない。現在、俺たちが頭を悩ましている事件の犯人に繋がる糸口が見つかったのだろうか、と。

(これでやっと、まともな生活に戻る、と。)

元々、不規則だった生活リズムは今回の事件で完全に破綻した。迷宮入りかとマスコミに囃し立てられて、二週間。解決の目処は一向に立ってない。単に難事件というのであれば、さほど問題はなかった。最初はセンセーショナルに報道されるが、進展があろうがなかろうが、徐々に落ち着いていく。話題性が命な商売だ、一週間もすれば他の事件の隅に追いやられてしまう。次にニュースになるのは犯人逮捕の時だけだろう。だが、今回に限って、そうは問屋が降ろさなかった。なぜならば、何をどう考えたのか全く想像もつかなかったが、犯人が警察を挑発する行動に出たのだ。

------簡単に言えば警察を愚弄する犯行声明と、次の犯行予告をマスコミに送りつけた。

その結果がこれだ。面白おかしくマスコミによって初動捜査は叩かれ、ニュースを見た市民からはガセの情報がじゃんじゃんと飛び込んできて、捜査本部はパンク寸前だった。自宅に帰れない日々が続き、いい加減、ドロドロになった靴下が溜まってきた。異臭を放ってるのには蓋をして見ないふりをしているが、そろそろ限界だった。

(あーやっとこの頭が痛ぇ事件から解放される)

この仕事をしだして分かったことだが、実際は、テレビドラマで描かれるようなド派手な事件はそう多くはなく、たいていは被害者の周囲に着いて調査するといった、まぁ地道な捜査で犯人を逮捕することが多い。肉体派と自負している俺としては、色々と素っ飛ばして、とっ捕まえて白状させるとかの方が性に合っているわけで。日頃の聞きこみは足を動かす分にはよかったが、それでも、収集した情報から犯人と繋がる証拠を導き出すのは、苦手な部類だった。けれど、その捜査手法の方がずっとましだと、今回の事件で思い知った。

(犯人と対話しようにも、相手が話、通じなさそうなのがまたなぁ)

大胆にもマスコミへと接触を繰り返している犯人は、けれども、俺たちの考えの斜め上を行くような発言を繰り返していた。まともな人間なんだろうか、とつい思ってしまう。(いや、犯罪を犯した点でまとも、とは言い難いのかもしれないが、それを置いておいたとしても、ちょっとこの犯人は異常だと感じる) あれだけの露出をしながらも、俺たちに尻尾はまったくといっていいほど掴ませていない。

(ったく、愉快犯とか性質悪すぎだろ)

一方的に踊らされている警察の図、が世間に浸透しつつある今日この頃だが、俺たちも手をこまねいている訳ではない。その策の一つが、科捜研に属する三郎の存在だった。『天才は時として凡人には理解しがたい行動を取る。それゆえに天才のことは天才のことにしか分からない」というのが三郎の口癖だったが、確かに今回の犯人は三郎に通じるものがある。三郎と共に仕事をするようになって大分経ったが、いまいち掴みどころがないのだ。

(性格に言えば、凡人というよりむしろ、変人だろうけどな)

ともかく、その三郎が事件解決の時に最初に口にするという(と三郎自身が言っていたわけだが、それはさておき)、「さて」という言葉を言ったのだ。

「で、犯人は?」

犯人への道筋が見えたのだろう、と期待に満ちて急きこんで三郎を問い質せば、「はぁ?」と呆れた声が返ってきた。

「はぁ? さっきお前、事件解決したって」
「そんなこと、一言もいってないが?」

どんだけ疲れきってんだ、と嫌味ったらしい言い回しに、すでにいっぱいっぱいだった俺はカチンときて、思わずでっかい声を出していた。

「だって、『事件解決する前に探偵は、さて、って言葉で始める』っつって」
「あぁ、そのことな。んなもの、遊びに決まってるだろ」

だいたい見て分かるだろうが、とチュッパチャップスの棒を銜えたまま俺の方に「ん」と三郎は突きだした。そうだった、と思い出す。奴がこの棒キャンディを舐めている時は、事件が解決の様相を見せない時だった。長年の付き合いで知った。三郎の奴がカリガリと飴を噛んでいる時、理由は二つ。雷蔵のことで嫉妬している時か、事件解決の手掛かりを見つけた時だ。視線を机の端に動かせば、灰皿には煙草の吸殻ではなく、食べ終わったチュッパチャップスの棒が山のように積まれてる。足元には花咲くようにカラフルな包み紙が散らばっていた。

(どんだけ食ってるんだよ。ぜってぇ、糖尿になるだろ)

数本単位じゃない、数十本という単位に、辛党の俺はその甘さを想像するだけでげんなりした。

「アホなことしてないで、さっさと働けよ」

疲れがどばっと体に来て、俺は投げやりな気持ちで三郎の机の上に書類を放り出した。ちらりとだけ眺めた三郎は、「ヤダ」と駄々っ子のように突っぱねて。食べ終わったのか口に含んでいた棒を、ぷっ、と吹き矢のように灰皿に飛ばた。それから、ナメクジのように机に伏せて萎れだす。

「ヤダって、おまっ」
「だって、雷蔵がいないんだもん」

これが年端もいかない女の子だったら、まだ許せる。だが、大の男が「だもん」と唇を尖らしたところで、可愛くもなんともない。紙の山を覆うように、べしゃり、と机に伏せている三郎は「雷蔵、雷蔵、雷蔵。あー雷蔵が足りない。雷蔵不足だ」と足をばたつかせ始めた。

「だー雷蔵雷蔵ってうるせぇんだよ。俺だって兵助に会ってねぇんだよ」
「嘘こけ、毎朝会ってんじゃねぇか」

半眼でじと、と三郎に睨まれる。そりゃあ、三郎の言うとおり、朝に事件の進展具合を報告しあうミーティングでは、確かに顔を合わせている。けど、そんなもの会ったのうちに入らない。事件の指揮官として前の机にいる兵助は報告者の話を真剣に聞いていて、その他大勢である俺の方を見ることもないのだ。事務的な会話すらしてなくて、会ったとは言えないだろう。そんな日々が二週間。三郎もそのことは知っているはずだから、わざと言ってるのだろう。

(あー、けど、三郎じゃねぇけど、不足ってのも分からなくもない。あー、つーか、絶対ぇ兵助不足だ。早く、ゆっくり話すことができるようにならねぇかな。それにしても、兵助、顔色悪かったな。俺以上に、寝てねぇんだろうな)

今朝のミーティングでの兵助を思い出し、ふ、と心に翳が落ちる。事件の指揮官として、マスコミの批判の最前面で浴びている。顔には出さないが、精神的にはそうとうきついはずだ。おまけに、真面目すぎる性格の兵助のことだ、被害者に心を寄せて痛みを覚えていることだろう。目の下の隈は色白の兵助にくっきりと浮かんでいて、そこより続くのは少しこけた頬。張り詰めているものが切れてしまったら、そのまま倒れてしまいそうで、心配で心配でたまらない。

(本当なら今すぐ説得させて休ませたいんだけどな)

けど、そんなことしようものなら『俺のことはいいから、一刻も早く犯人を捕まえろ』と、ど突かれるのが目に見えてる。

(けど、今の俺じゃ、何もできねぇよなぁ)

己の無力さが腹立たしい。兵助の傍で支えることもできず、かといって三郎のように科学的な根拠から犯人を導き出すような力もない。俺に出来るのは、ただやみくもに現場に足を向けて聞きこみをしたり被害者の周囲を洗い出すことしかできないのだ。

「ずるい、毎朝、お前らはいちゃつきやがって」
「誰がいちゃついてんだよ。目も合わないっての」
「それでも顔を見れるだけでいいじゃないか。私はずっと会ってないんだぞ」
「ずっと、っていつからだよ?」
「三日前」
「三日前とか、ずっとじゃねぇだろ」
「電話も繋がらないし、相手方の本部に連絡しようにも、今回は行先すら知らないんだ」
「だー、もぅ、うるせぇ。この飴でも舐めてろ」

勘右衛門から『対三郎用の餌』と預かったチュッパチャップスをポケットから取りだし、奴の前でちらつかせる。甘いものに目がない三郎のやる気を引き出すにはもってこいのもののはずだった。だが、どうだ。三郎の奴は見ることもせずに、溜息ばかりを漏らしている。

「無理。雷蔵不足は、甘いものじゃ補給できない。いいよなぁ、ハチは。毎朝、兵助に会えて」
「だから会ったって言わねぇって。俺だって兵助とちゃんと話してぇんだよ」

いい加減、募りに募った三郎への苛立ちがどなり声に変わった瞬間、あきれ果てた声がヒートアップした部屋を冷ました。

「お前ら仕事さぼって、何、のろけてるのさ」

部屋に入ってから、開けっぱなしだった扉をノックしてきた勘右衛門に三郎があからさまに嫌そうな顔をする。というか、実際三郎が「げ、勘右衛門」と呟くのを耳にした。机の上に広がったまま手つかずだった書類の山に、「何だ、まだ見てないのか」と勘右衛門は険悪そうに眉をしかめた。不貞腐れたように「みーてーまーせーんー」と三郎が呟く。ますます、勘右衛門の額の皺が深まった。こいつら仲がいいんだか悪いんだか分からねぇよな、なんてぼんやりと二人を見ていると、勘右衛門の苛立ちの矛先がなぜか俺に向けられた。

「やっぱり、ハチじゃ無理だったか、鉢屋を動かすの」
「悪かったな、こっちだって糞忙しいのに、お前が頼んだんだろうが」

あまりに理不尽な言いように、つい反論すれば、勘右衛門はあっさりと謝った。

「あぁ、ごめんごめん。とにかく、鉢屋、早くこの書類に目を通してくれないか。終わったら、雷蔵と電話できるようにするから」
「何で、お前が雷蔵の行先を知ってるんだよ」
「何でって雷蔵に教えてもらったからね」

目の前で迫られてはさすがに逃げれないと判断したのか、それとも『雷蔵』という飴を与えられたせいなのか、三郎は束になった書類を掻き分け、埋もれていた眼鏡を掛けた。それから、俺の手からチュッパチャップスを奪い取ると、慣れた手つきで外側の包装紙を取り、口の中に投げ込んだ。途端に、胸やけをおこしそうなくらい甘ったるい匂いが広がる。チュッパチャップスを舐めながら、観念したように書類を捲りだす三郎を横目に、勘右衛門に話しかける。

「それ、今回のと関係あるのか?」
「いや、別件。ほら、二ヶ月前にあっただろ……」

勘右衛門が事件のあらましを説明している間を縫って、ぺらり、ぺらり、紙を繰る音が退屈そうに響く。と、機械的だったそのリズムが、不意に狂った。がりっ、と硬質な響きが耳に届く。何だ、と思って音のする方向を見やれば、それは三郎からだった。がりっ、がりっ、がりっ。こっちの歯が痛くなるような勢いで三郎が飴を噛み砕きながら、書類をどんどんと捲っていく。がりっつ。ひときわ大きな音が轟いた。

「ハチ、あとでケーキ奢れよ。1ホールな」
「はぁ? 何で俺が?」

飴を歯で粉砕させ終わり、残骸の棒を銜えた口を歪めた三郎が、立ち上がった。

「お前が兵助と会えるように、この私がしてやるんだからな」






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