文仙(現代)

ぱり、と乾いた真白きシャツに身を包み頼りのない重みのスラックスを履いて、支度を済ませて階下へ降りて行くと、ちょうど母親と対面した。上から下へと視線を投げられ、居心地の悪さを感じていると、くすり、と笑いを零した。

「あら、丈、ちょっと短いんじゃない?」

そう言われて、確かに、見おろしてみると、短い気がする。嬉しそうに「また身長が伸びたのかしら」と見上げた母親は、「丈、まだ曲げてあったわよね。ちょっと、貸してちょうだい」と裁縫箱を取りに行こうとした。慌てて引き止める。ちらり、と視界に入った掛け時計は、あまり余裕がないことを示していた。

「15分もあれば直せるわよ。それくらいなら、遅刻しないでしょ」

俺が案じていることとは見当違いなことを告げる母親に「いや、明日でいい」と再度断りを入れた。だが、さすがに怪訝に思ったようで「ずいぶん、急いでるのね」と小首を傾げられる。

「けど、ちょっと、それはないんじゃない?」

まぁ、確かにつんつるてんの格好で外に出ようものなら、仙蔵に笑い飛ばされるのは火を見るよりも明らかだった。とはいえ、直してもらうのを待てば、確実に遅刻だ。-----仙蔵との約束の時間には。俺の部活の朝練の開始時刻に合わせて登校してくれているのだ。待ち合わせに遅刻しようものなら、処刑物だろう。

(それに、)

「なら、冬服を着てく。まだ、移行期間だから」

本当の理由など言えるはずもなく、まだ何か言いたげな母親を押しのけるようにして、俺は再び二階へと階段を駆け上がった。

(仙蔵と登校したいから……なんて、さすがに、言えねぇだろ)

***

「文次郎」
「…あぁ、」

いつもの場所、いつもの時間。けれど一瞬、一瞬だけ、反応が遅れてしまった。色白なせいか、真新しい白シャツの眩さに、仙蔵の奴が溶けて見えたから。光に透けそうになる姿に、いなくなるんじゃないかって、不安で思わず奴の方へと手を伸ばしかけて、

「何だ?」
「……いや、何でもない」

掴んだ奴のシャツを慌てて振りほどく。不思議そうに見遣る仙蔵の視線が下の方で止まる。

「お前、衣替えしなかったのか?」

目ざとくも、俺が冬服のままであることを見つけたらしい。隣に並んだ声にからかいが含まれていた。明日衣替えしてくる、なんて話を昨日したのをしっかりと覚えているのだろう。

「あぁ、丈が短くなっていたから直してもらっている」
「また、身長伸びたのか?」

ずるいと言わんばかりに、声音に少し棘があったのは、気にしているからだろう。俺からすれば、丁度、腕のあたりにすっぽりと収まって、抱き心地のいいサイズなんだが、そんなことを口にしようものなら殴られるに違いない。

「さぁな、年に数回しか計らねぇし」

手首を掴まれた、そう気づいたのは、内側からぐ、と押し返す筋肉の力を感じた時だった。冷たくも温かくもない白い手が、痛くもなくこそばゆくもない強さで握っていた。けれど、嫌な感じはしない。むしろ、心地よい。

「なんだ?」
「お前、手首太いな」
「まぁ、剣道部で鍛えてるからな」

分かるだろ、というニュアンスで答えると、仙蔵は「あぁ、だが、珍しかったから」と呟いた。

「珍しいって?」
「文次郎が、ボタンはめずに、手首むき出しにしてるの」

そう言われて、ふ、と気づく。長袖が覆うシャツの先、手首の部分だけが、だらしなく広がっていた。生まれつきか、部活のせいかかはわからないが、手首が太い俺には窮屈で。けれども、きっちり、ボタンを留めてしまう習慣ができていた。多くの奴に「石頭」と言われる性格もだてじゃない。校則、と決めらいることを破るのは、あまり好きじゃない。

「あぁ、半袖から慌てて着替えたからな」

べろべろになっている袖口のボタンを留めようとすると、不意に強まった手首の力。

「たまには、いいんじゃないか」
「何が?」

俺の問いに仙蔵は答えず、代わりに掴んでいた指先を手首から下の方へとゆっくりと移動させた。そのまま、手の甲と掌を絡み取り、いわゆる恋人繋ぎとなる。仙蔵は、楽しそうに唇を緩め、笑った。

「こうやって、型をやぶるのも」





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