勘+鉢(鉢雷前提)

※出自に捏造色が強め。鉢雷前提で勘+鉢。薄暗い。


すすに膠を練り込んだような、粘着のある闇が辺りをべっとりと覆っていた。明かりはない。風もない。忍ぶにはもってこい、と言い切れないのは湿気の多さが気になるからだ。じっ、としているだけで、髪の層が余分に覆っている背中に生暖かさが溜まっていき、それがうっすらと汗になっていくのを俺は感じ取っていた。

(まぁ、学園長も色々思い付くよなぁ)

ため息は当然呑み殺したが、心の中で悪態を吐くのはやめれなかった。普段、属する委員会のおかげで、あまり巻き込まれることがない分、こうやって迷惑を被るのに慣れてないのだ、しかたない。

(まったくもって、三郎の順応性が羨ましいよ)

自分と同じ立場であるはずの彼が嬉々として学園長の提案(もしくは思いつき)に乗っていたのが頭に甦って、俺はまたひっそりと胸内のみで息をついた。音にしてしまえば相手方に気付かれてしまう。そんなへまをするほど餓鬼ではない。だが、かといって、愚痴らずにいられるほど大人でもない。折衷案と言うべきか残された選択肢と言うべきはは難しいところだが、心の内で今回の提案者を罵ることで折り合いをつけることにした。

(まぁ、いつまでも、ぶちぶち言っててもしかたない。さっさと終わらせよう)

見てすぐに燃やしてしまった、籤に書かれた名を思い浮かべる。まっさらな紙にただそれだけが書かれた名は、できれば闘いたくない相手だった。お互いの手の内もよく知っているし、相手の強さも熟知している。だが、闘いたくない理由はそこではなかった。

(既知感……とは言わないか。まだ、来てないのだから)

いつか、きたる未来、俺は彼と闘うだろう、とそんな予感を背負いながら今まで生きてきたのだ。彼の名を、鉢屋、という言葉を聞いた瞬間から。密やかにしみ込ませられた毒のように、ゆっくりとゆっくりと溜っていく予感に、俺は夜な夜な夢に見た。彼と対峙する夢を。だからこそ、この実習で、引いた籤(くじ)に彼の名が--------鉢屋三郎の文字を見た瞬間、既知感に襲われたのだ。あぁ、この瞬間が来たのだ、と。

捩じった紙の端に火を付ければ、それはすぐさま広がった。めら、と侵食する橙の底に夜闇に滲む墨染めよりもまだ深い黒が残る。ちりちり、とのたうち回るかのように、紙は焔に呑まれ、どんどんと形を失っていく。端まで辿りつけば勢いを失った赤はやがて身を潜め、黒は指で突けば灰となり、散り散りとなった。その様は、己かはたまた彼の行く末か。もしくは、両者かもしれない。全てのものを焼きつくす焔は燃やすものがなくなってしまえば、生きてはいけないのだから。-----鉢屋が死せば、尾浜の血もまた、

(…って、そんなことを考えている場合じゃなかった)

今はまだ試験中だ、と頭を切り替える。当然、学園長が言い出しっぺとなったこの試験は単純明快、札取りだった。自分のを死守し、相手のを奪う。規則としては、それだけだった。あとは道徳心の問題だ。これはあくまでも試験であり、相手は敵ではなく同窓生なのだ、だから命のやり取りまではいかないという。

(そう、まだ、鉢屋と対峙する時じゃないのだ……。っ!?)

不意に空気が裁たれた。咄嗟に体を左に捻り、反転させる。切り裂かれた思考が急襲を告げていた。ずれた重心に流される体。後方に鈍い打撲の響き。飛んできた物が木に突き刺さったか何かだったんだろうけど確かめる暇もなかった。

「っ、」

何とか利き手ではない方で枝分かれしさけた太い部分を掴み、押さえ込む。腕ごとで支えれば、落下は免れた。安堵する間もなく、次の攻撃に備える。針のように逆立った緊張感にどんな僅かなものでも琴線に触れようものなら、即時、動けるように体をばねのように低くする。と、のんびりとした声が息詰まった空気を融解させた。

「何だ、勘右衛門か」
「雷蔵?」

重なりあった闇の破って姿を現したのは、今、自分が探している人物とそっくりな、級友の姿だった。いや、そっくり、というのは適切でないのかもしれない。彼の人物が、目の前の彼を模しているだけにすぎないのだから。

「あまりにも殺気立っていたから、曲者かと思っちゃった」

気を付けていたはずなのにこちらの気配がだだ漏れになっていたことを雷蔵に知らされ、愕然と肩を落としていると、雷蔵は何も言わずに俺の方に近づいてきた。

(ん?)

違和、と言えるほどはっきりしたものじゃなかった。本当に些細な何かが、俺の中に張り巡らせてあった警戒線を、ぷちん、と切ったのだ。頭の中で、鳴り響く警告音。ぎち、と軋む心臓。額に膨れ上がる汗。からからに乾いていく喉を、唾を嚥下することで誤魔化す。声が震えないよう、ゆっくりと息を吐きながら口にした。

「雷蔵の相手って、誰?」
「勘右衛門じゃないよ」

ふわり、と微笑む様は、まさに雷蔵そのものなのだけれど、あぁ、と俺は納得して、言葉にした。

「けど、三郎は俺なんだろ」

俺と三郎との間でたゆんでいた闇が、一気に濃くなる。何かあればすぐさま行動に出れるように、と武具を収めた衣の袂に遣った手は指先までが別物になってしまったかのように、動かない。緊張の糸という糸が寸分の隙間もなく織られた沈黙を破ったのは、三郎の、咽喉を鳴らすような笑い声だった。一通り、腹を抱えて全身をひくつかせるように笑った彼は、やがて生理的に溜った涙を拭って哂った。

「勘右衛門は騙されない、か。今後のために聞いてもいいか?」
「何を?」
「どうして雷蔵じゃないと分かった?」

澹とした瞳に宿る閃光は鋭く輝いた。どうして、と問われても、感覚的なもので説明を付けることができず「さぁ」とだけ返す。すると、三郎は「やはり口角の上げ方が違うのだろうか……」とぶつぶつと、心あらずと言った感じで呟いていて、この場から意識が遠ざかっているのが分かった。チャンスなんだろうか、と動こうとした瞬間、三郎が俺の方に真向かい、「あぁ、勘右衛門、行く末のためにいいことを教えておこう」と妖艶と微笑んだ。その圧倒的な姿に、自然と唾を飲み干してしまい、「な、にが」と声が掠れた。だが、そんな俺を気にすることなく、三郎はその面妖な相貌のまま告げる。

「雷蔵は私の弱みにはなりえない」

びくっ、と自身の肩が跳ね上がったのが分かった。収束しかけていた心臓がまた爆発する。的確に急所を突いたはずなのに、貫いたその刃を喉元に突き付けられたような気分に陥る。

「雷蔵を甘く見ない方がいい」
「別にそんな風に思ったことはない」
「なら、甘く見られているのは私の方か」
「まさか」

そんなことがあるはずがない、と即、首を横に降って知らせれば、三郎は静かに目を細めた。

「まぁ、いいさ。勘右衛門、お前がどう思おうと、雷蔵は私の弱みにならない」

はっきりと言い切った三郎は、少しだけ視線をさまよわせ、己に言い聞かせるかのように、ぽつりと呟いた。

「弱みなんかに、させない」





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