竹久々(現代・アンケ)

5万アンケより。竹久々・朝からいちゃいちゃしている話。

白い光に溶け込むシーツの中で、その背中はゆるやかに上下していた。気だるさに漂うほわりとした倖せの余韻を楽しみたい所だったけれど、残念なことに自分は朝一から授業が入っていた。そのままベッドに篭ってしまいたい気持ちをねじ伏せて、体を起こす。視界に入った壁時計の時刻が正確ならば、ご飯を食べてシャワーを浴びて着替えて、ギリギリといったどころだろう。とにかく起きださねば、と動かした体の身じろぎに合わせて、ぎ、とベッドが軋んだ。

「ん」

甘やかな声が揺れて、一瞬、動きを止めた。起こしてしまったか、と焦りながら傍らのハチを見下ろす。多少の物音なんかじゃ、こいつが起きる分けがないのは分かっていたけど、それでも穏やかな寝息がさっきと変わらないことに、ほっと胸を撫で下ろした。

(にしても、どう降りるかだな)

寝相が悪いから落ちないようにこのサイズにした、とハチから聞いているセミダブルは、当然、題の男二人が寝るには、かなりきつい。触れ合う温もりは、どちらのか分からないほどに近いのだ。下手に体を動かしたら、ハチが起きてしまうだろう。おまけに、俺をぎゅっと抱え込むようにして、ハチが寝ているのだ。ベッドの降り口というか、壁に接した所とは反対の外側をハチの体が塞いでいるために、起きて行動するには彼をまたぐか越えなければならない。

(起きませんように)

一回爆睡してしまえば滅多と目を覚まさないハチの寝汚さに期待して、俺はそろそろと動き出した。スプリングの効いたマットレスの上で足を踏ん張り、バランスを取りながら彼を越える。ぎ、っと再びベッドが鳴いた。また動きを止め、ハチを見やる。気持ちよく閉じられた睫毛。肌蹴けた掛け布団から投げ出された腕。窮屈そうに曲げられた脚。こうやってハチを見下ろすのはちょっと新鮮な感じがして、(どちらかといえば見下ろされることの方が多い)つい、まじまじと見つめてしまう。

「んー」

さっきよりも長くはっきりとした声音に、今度こそ起こしてしまったか、と思ったけれど、身じろぎに続く呼吸には、いびきが混じっていた。

(ん、セーフ)

何とかハチを起こさずに床に降り立つ。普段ならそこまで気にすることはないのだが、このところ某先輩のごとく目に隈を作るほどハチが忙しくしているのは誰よりもよく知っているから、一分でも一秒でも長く休んでもらいたかった。

(今日は午後から授業だって言ってたし、もう少し眠らせてやろう)

温もりから離れたせいか、ほとんど何も身につけてないせいか、ひやり、と肌寒さを感じて。床に放置してある服のは昨日のだと分かっていたけれど、とりあえず着ておこう、と拾った。ジーンズに足を通し、長袖の薄いシャツから顔を出す。ついでにハチのも、と床に点在している服をかき集め抱える。日向の、ハチの匂いがした。

(っと、そんなことしてる場合じゃなかった)

ついつい抱きしめていた彼の衣服をひと塊りにしてベッドの足もとの所に寄せておくと、俺は朝食を漁りにキッチンへと向かった。

***

南に面したキッチンは朝日を浴びてゆっくりと眠りから覚めてきた所だった。寝室と比べて薄暗いせいか、それとも、静まり返っているからか、裸足に絡まる空気には夜の冷たさが僅かに残されていた。けど、それも直になくなるだろう。薄いカーテンから差し込んできた光は今日も好天であることを指し示していた。

(あー眠いなぁ、俺ももう少し寝れたらいいのに)

扉を一つ隔てても、背後からうっすらと聞こえるいびきにそう思う。前に他のやつらと一緒に雑魚寝した時には馬鹿でかいハチのいびきに「うるせー」となかなか寝付けれなくて、つい、鼻をつまんでやったというのに、付き合いだすといびきですら愛しく思えるから、不思議なものだ。

(うーねむい。けど起きないとな)

働いていない頭で、とりあえず何か食べたらスイッチが入るだろう、と考え、だらだらと冷蔵庫を開けてみる。ぶん、と回転し続けているモーター音が俺を出迎えた。黄味がかった橙色の光が宿る庫内には、何かしらちゃんと食べるものが入っていた。ミネラルウォーターのペットボトルと豆腐が入っていればマシな方な俺の部屋のとは、全然違う。米は炊けてないけど、炊飯器とかが置かれてる棚に食パンの袋があったからトースターで焼けば立派な朝食になるだろう。けれど、元々、朝は抜く癖があるためか、食欲が湧いてこず、俺はそのまま扉を閉じた。このまま身支度だけ整えて行ってしまおうかと、冷蔵庫に背を向け、ふ、とあるものに目を留めた。

(コーヒーでも飲んで、せめて目だけでも覚ましていこう)

ハチの部屋はインスタントの、おまけに粉のコーヒーしかなかったけど(しかも、これは俺が部屋に出入りするようになって常備されるようになったものだ)、まぁそれでもいいか、とポットの近くにあった瓶を手に取って。もう片手でシンク横の水切りカゴからマグカップを漁り出した。瓶の中の焦げ茶色の谷底が傾きに崩れた側面によって埋められていく。頭の中でコーヒー独特の芳香をイメージし、自然と喉を鳴らしながら俺は蓋を開けようとした。その浮かべた匂いが馨り立つのを想像して。けど、

(う、開かない)

がっちり、はまりあっている蓋と瓶は引き離されるのを拒んでいるかのようだった。ぐっ、と指先に力を込め、もう一度挑戦する。けど、開かない。今度は脇をしめ肘との間に瓶を挟んで支えにし、蓋を回す。けれど、やっぱり開かない。せっかく飲めると思ったのに、と落胆についちい文句が零れる。この瓶を最後に閉めた人物に。

「ハチの馬鹿力」
「誰が馬鹿だって?」

突然、背後から声がして、しかも、その悪口を言った相手だったものだから、心臓が胸を突き破るくらい跳ね上がった。喉から半分出かかっていた悲鳴を呑みこみ、変わりに「は、ハチ」と名前を読んだのが精一杯で、後の言葉が続かない。耳に早鐘を打つ心臓がくっついているみたいだった。この心音がハチに聞こえるんじゃないか、ってくらい煩い。

「はよ。で、誰が馬鹿だって?」
「馬鹿じゃなくて馬鹿力って言ったんだよ」

訂正していると、ぬ、とむき出しの腕が伸びてきた。ズボンこそさっき俺が置いておいたものを彼は身に着けていたが上半身は裸のままだった。明るい場所で見ると照れが先行してしまい、直視できずにいる俺からハチはコーヒーの瓶をひょいと奪うと、やすやすと蓋を開けた。さっきの俺の苦労が嘘みたいに。いつから見てたのか分からないけど「俺が馬鹿力なんじゃなくて兵助が力がなさすぎなんだって」と、瓶を手渡される。ひ弱だ、と暗に言われたような気がして、ちょっとムカついたから、乱暴に瓶の口をマグカップに叩きつけ、スプーンを使わずに粉を入れると、それから目一杯の力で蓋を閉め直した。そんな俺を見て、ハチが含み笑いを漏らす。

「……何だよ」

そう問いかけて「別に」と返してきたハチがにやにやしていたものだから、俺は持っていた瓶でハチの鳩尾をど突く。深く入ったせいか、当たり所が良かったせいか「ってぇ……」と痛みを訴えるハチは少し涙目になっていた。そのまま、わざとらしく「暴力反対〜」としなだれかかってみせた。そんなハチを無視してポットからお湯をコーヒーに注ぐ。辺りに芳醇な酸味が蕩け出し、何も入ってない胃を、ぎゅ、っと掴まれたような気がした。じわり、と昇り立つ白い湯気を「暴力はんたーい」とハチの威勢のいい声が押して歪める。

「……その暴力振るわせているのは、どこの誰なんだよ」
「今の兵助の、まるでDVの夫みたいなセリフだな」
「誰が夫だ。誰が」
「じゃぁ、妻になってくれるとか? それはそれで嬉しいけど」

裸エプロンとかー、と妄想に目を輝かせるハチに「変なこと言ってると、コーヒー、かけるぞ」と脅すと「それは洒落にならないだろ」と全力で拒否された。ったく、と口の中だけで文句を潰し、そのまま流し込んでしまおうと、カップに手を付けた。

「っ、」

コーヒーが触れた所に熱が走った。腹立たしさに、つい、そのままコーヒーを飲んでしまっていたけれど、忘れていた。自分が猫舌だってことを。刺すような一瞬の熱さが薄れたと同時に、今度はじわじわと痺れた痛みがそこから広がる。

「兵助?」
「舌、火傷した」
「大丈夫か?」

心配げに俺を覗きこんだハチに「赤くなってないか?」と、べぇ、と舌を見せる。と、ハチに目を逸らされた。怪訝に思い「ハチ? どうかしたか?」と尋ねると、ハチは俺の方へと見据え直し「いや、何でもねぇ」と頭を被り振った。よく分からないが、とりあえず「ふーん」と相槌を打ち、それから「な、赤くなってないか? ひりひりするんだけど」と再び、舌を出した。すると、また、顔を背けられる。

「何だよ、ハチ」
「……言わない」
「何で?」
「お前、絶対、『馬鹿』って言うだろうし」

萎んでくハチの言葉尻に「言わないって」とと約束すると、彼は「絶対?」と念押しをしてきた。仕方なく、「絶対、言わない」と重ねると「なら」と彼は俺の方に向き直った。まだ迷っているのか、ちょっと視線を彷徨わせた後、気恥ずかしそうに呟く。

「なんか、ちゅーしたくなった」

ハチに耳まで真っ赤にされて、とりあえず『馬鹿』と口にする代わりに、鳩尾にもう一発かそれとも願いをかなえるべきか迷ったのは、内緒だ。


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アンケート、ありがとうございました^▽^ 素敵な話を振ってくださり、嬉しかったです!!これからもよろしくお願いします。





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