竹久々(現代)

※宇宙飛行士竹谷と技術部久々知 これと同じ設定。

『10・9・8』

カウントされる数字に、俺の心臓はバラバラになってしまうんじゃないか、ってくらい、鼓動が暴れまわる。インカム越しに聞こえる英語がやけに舌たらずで、それでいて、やけにゆっくりな気がした。モニターに映し出された白く輝く機体が光に包まれていく。ぎゅ、っと目を瞑りたくなる。

(怖い)

無事、飛び立つことができるのだろうか。100パーセントの努力をもって機体の整備をしたという自負はある。けれど、万が一、という言葉があることを俺たちは知っている。限りなく0に近いそれは、けれども、決して0にはならない。竹谷の両親は宇宙センターに来なかった。『もし事故が起こったら』と思うと、離陸の瞬間を見ることができないのだという。

(本音を言えば、俺だって見たくない)

もしかしたら、という懸念はどれだけ拭っても、決して消し去ることはできなかった。むしろ、広がっていく一方だった。白い布にインクを落としてしまったかのように、じわりじわりと不安に苛まれていく。それでも、このモニターで出立する瞬間を直視しているのは、俺がハチの恋人(パートナー)である以前に、技術者としての同僚(パートナー)だからだ。この目で、見届ける必要がある。ハチが宇宙に飛び立つ瞬間を。---------目も耳も閉ざしてしまいたい、強烈なまでの想いと闘いながら、俺はその瞬間を待つことしかできなかった。ざわざわと混線する音の中で、確実に数字が減っていく。

『6・5・4』

いつか一緒に宇宙に行けたらいいな、そう笑ったハチは、今、どんな顔をしてるのだろうか。夢を叶えて満面の笑みだろうか。それとも、緊張に顔をこわばらせているのだろうか。異常がないかを目視でチェックする関係で、モニターにはとてつもなく大きな機体を細切れにした一部が映っている。刻々と目まぐるしく変化していく画面は機体の全容を知らそうとしているがが、他方では中にいるハチの様子を伺うことはできなかった。

『3・2・1』

もし失敗したら、と言いようのない不安に視線を伏せたくなる。心が折れそうになる俺をギリギリの所で支えているのは、ある一つの気持ちだった。

--------宇宙へと旅立つその瞬間を、俺は見届けなくちゃいけないのだ。技術者の一人として、そして、ハチの恋人として。

『0』

***

必ず還ってきてくれ、そんな軋むような祈りにすがりついてその瞬間を迎えた俺を包みこんだのは割れんばかりの喝采と拍手だった。周りの奴らが抱き合ったり拳を付き合わせたりしていた。------そんな打ち上げの成功から、一週間。俺の心は淋しさという暗闇に呑み込まれそうだった。

書類を届ける、なんて口実を作り、機内との通信を全般的に扱っているコントロール室へと俺は足を運んだ。中央に据えられた大きなモニター画面にはちょうど彼が映っていた。

(あ、ハチだ)

時々、画面が歪み、乱れる。管制官の話によればウェブカメラでこのコントロール室と機内とが互いに繋がっていて、その距離の遠さから生じる時差の為なのだという。向こうからもこちらが見えているはずなのに、ハチはちっとも俺に気づいていなさそうだ。

(ハチ、楽しそうだ)

話を聞いている分に、どうやら、母国と生中継をしているようだった。宇宙機構が企画した子ども向けのメッセージを放送しているらしい。宇宙飛行士になった喜びを心から表しているハチの表情はイキイキと輝いていて、愛しさを感じる一方、どうしようもない昏い淋しさに覆われる。

(ハチと話したいな)

あの日から、一度もハチと話していない。通信機械は全部記録されていて筒抜けで、こっそりすることができないのだ。

(ハチ……)

会話できない日々が続くのは今までにも何回も経験してきた。訓練期間では、もっと長い間、連絡を取れないこともあった。それを思えば、全然ましなはずだ。モニター越しとはいえ、ハチの元気な顔を見ることができるのだから。なのに、どうしようもなく淋しい。

(あの時はあんなことを言ってしまったけど、やっぱり、サインでも決めておけばよかったかな?)

***

「なぁ、兵助。サイン、決めようぜ」
「サイン?」
「ほら、よく野球とかであるだろ」
「指が何本とかでスライダーとか?」
「そう、そんなの。宇宙に行ったら自由に会話できないだろうから」
「あー確かに」

太陽みたいにぴかりと笑ったハチは胸の前でどこぞの女子高生みたいに指でハートを作った。

「愛してるは、これな」
「あのなぁ」

あの時は呆れてしまったけど、いざ、こうやって離れてみると、「元気だ」とかくらいなら、確かに合図を決めておけばよかった。

***

何気なくその場に立って、子ども達の質問に答えるハチを見つめ続ける。子ども達を羨ましがるなんて、かなり重症だ。

(いいな、話せて)

「最後の質問です。竹谷飛行士は、このまま宇宙にずっといたいですか?」

心臓が波打った。子どもにとっては他意のない純粋な問いなんだろうけど、俺には判決を言い渡されるような気がした。ハチが宇宙への憧れをどれだけ抱いていたか、宇宙に行けるとなった時にどれだけ喜んでいたか、俺はよく知っている。誰よりも近くにいたのだから。

(だから、「このまま宇宙にいたい」ってハチが答えても不思議なことじゃない)

頭では分かっていたが、心が付いていかなかった。怖くて怖くて堪らなくて。打ち上げの時だって耐えたはずの瞼を降ろし、俺は目を瞑り掌でそこを押さえつけ、彼のyesを待った。けど、

「いや、俺は地球に帰りたいな」

え、と顔を上げれば、尋ねた子も驚いたようで「えっ!?そうなんですか?それは何で?」と重ねた質問は敬語が崩れてしまっていた。けど、ハチはそんなことを気にすることもなく、ぴかり、と俺の方へと笑いかけた。胸の前でハートマークを指で作って。

「地球には、大事な人がいるからな」







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