5年(アンケ)

※アンケートより。46巻ざっとさんと戦った後の5年の話。愛され三郎。

「あれ、三郎と雷蔵は?」

委員会で遅れて食堂に顔を出せば、いつも並んでいる5つの膳が今日はそろってなかった。俺の問いかけに、勘ちゃんが「雷蔵はさっき見たけど、な」と歯切れの悪そうに答えた。勘ちゃんの前で咀嚼していたハチが、めったとない沈んだ顔を見せる。それだけで全てが分かって、俺は黙ったまま席に着いた。

(まだ出てきてないのか、三郎の奴)

なんとなく会話の弾まない夕飯の時間が終わろうとしても、三郎は食堂に顔を見せなかった。ぎりぎりまで粘ったけれど、食事当番に「いい加減にしてくれよ」と言われ、しぶしぶ、寮長屋へと引き上げる。すっかり冷めきった米飯をおにぎりにかえて。

「お前ら、鉢屋を甘やかしすぎじゃないか?」
「じゃぁ、なんで勘右衛門は付いてくるんだよ。しかも、お前だって、おにぎり持ってるし」
「これは雷蔵の分だよ」
「本当は心配なんだろ? 三郎のこと」
「心配はしてないよ。鉢屋のことだし」

変にいがみ合っているハチと勘ちゃんは置いておいてさっさと三郎の部屋へ向かう。いざ、部屋の前に入る段階になって、俺はその場でたたら踏んだ。何と声をかければいいのか、分からない。思わず扉の前で足を止めてしまった俺にハチが、続いて勘ちゃんもぶつかる。

「兵助?」
「どうかした?」

いや、と曖昧に濁して、目線の焦点を部屋に当てれば、俺の悩みを理解したようだった。他の二人も同じように感じたようで。助けを求めた先のハチも勘ちゃんも、困ったように視線を交わし合っていた。

三郎が、負けた。

自分たちの負けよりも、その事実に衝撃を受けている自分がいた。まだ俺たちはたまごで、相手はプロだったのだ。元より勝てるなんて、思ってもない。そんな自惚れて、自分の力を見極められないほど己の実力が分からないわけでもない。けど、紙一重、なんてものじゃない大きな差に、どうしようもないくらい、悔しさを感じたのだ。

(俺でさえそうなのだから、きっと三郎はもっと大きいはずだ)

そうは思うものの、実際に殻に閉じこもってしまった三郎に対して、どう接すればいいのか、分からない。

(おにぎりだけ置いて、あとは雷蔵に任せようか)

どうも自分はこういうことに向いてない、と自覚しているため、そんなことを思いつつ、扉に伸ばした指の在所に困ってしまった。踵を返すこともできず、かといって、部屋に入ることもできず、ただただお互いの顔を見やっていた。やがて、ハチが意を決したように頷き、俺の代わりに「三郎、入るぞ」と勢いのまま扉を開け放つ。と、聞こえてきたのは三郎本人ではなく、同室の彼だった。

「あれ、どうしたの?」
「雷蔵」

不思議そうな面持ちの雷蔵は、俺の片手にあるものに目を留め「あぁ、持ってきてくれたんだ」と柔らかく微笑んだ。それから「まぁ、入ってよ」と手招きをされ、俺たちは吸い寄せられるように二人の部屋へと足を踏み入れる。本以外は雑然としているのが雷蔵の空間で、机に物がほとんどないのが三郎。衝立も何もないせいか、雷蔵の荷物が若干、三郎の所まで広がっている。

「ごめん、今、片づけるね」

俺の視線に気づいたのか、彼は慌てて散らばっていた衣服を丸めこみ、そのまま、柳行李へ放り込んだ。おにぎりだけ置いてすぐに部屋を出ようと思っていたけれど、せっかく雷蔵が片づけてくれたのだ。俺たちはそのまま腰を下ろした。

「まだ三郎、出てこないのか?」

ちらり、と奥にある備え付けの押し入れに視線を向ける。なんとなく気まずくて、矢羽根で尋ねようかと思ったけれど、よく考えれば、どうせ三郎にも通じてしまうわけで。結局、そのまま口にした。それでも、少し、声をしぼったけれど。

「みたいだね」
「みたいだね、って随分、のん気だな」

ハチの咎めるような口調を気にすることもなく、雷蔵は小さく笑った。それから柔らかな眼差しを押し入れに送る。

「そのうち、お腹が空いたら出てくるよ」
「けどさぁ、」

雷蔵の目線を辿ったハチはまだ心配顔で何か言いたげで。そんなハチを「ほっとけばいいって」と勘ちゃんがあしらうよえに遮った。

「勘右衛門、ちょっと冷たくねぇ? もう少し心配しろよ」

突き放した物言いにハチがいなす。それに答えたのは、勘ちゃんではなく雷蔵だった。取り成すように「そんなことないよ、ハチ。すごく心配してるって」と言った雷蔵は、勘右衛門の方に向き直った。

「そのおにぎり、三郎へ、だろ」
「え? けど、さっき、これは雷蔵へだって」
「それはないよ。だって、僕が夕飯食べたの、勘右衛門は知ってるもの」

そうなのか、とハチが問いかけると、勘ちゃんはそっぽを向いた。黙ったままだったけれど、その、赤くなった耳が肯定していた。くすくすと笑いを洩らした雷蔵は、それから、押し入れの方に呼びかける。

「三郎、ほら、早く出てこいよ。みんな、お前のこと、心配してる」

四人の視線が注がれたそこからは、物音一つ聞こえてこない。微塵も気配を感じ取ることができず、さすがに心配になってくる。思わず「大丈夫なのか?」と雷蔵に尋ねると、雷蔵は大らかに「大丈夫」と微笑んだ。

「だって、三郎だもの。ここで終わるわけがない。そうでしょ」

当然とばかりに言い切った雷蔵に、「あぁ、そうだな」と顔を見合わせる。そうだ。ここで終わるわけがない。終わらせるわけにはいかない。そういう奴だ。三郎も、俺たちも。

「三郎、早く出てこないと、おにぎり食べるぞ」

沈黙ののち、す、っと開いた押し入れの隙間に、俺たちは手を差しだした。


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アンケート、ありがとうございました^▽^ 素敵な話を振ってくださり、嬉しかったです!!これからもよろしくお願いします。




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