竹久々(現代)

※宇宙飛行士竹谷と技術部の兵助

「お、兵助」

ちょうど昼時のせいか館内のフードコートは賑やかさに包まれていた。上司と話していたらいつもよりも遅くなってしまった。すでにランチタイムに突入しているせいか、すっかり食べ物の匂いが充満している周りを見渡しても椅子は占拠されていて空いているところがない。テイクアウトして部屋のデスクで食べるか、とハンバーガーを注文していると、横に見知った顔が並んだ。

「ハチ。今から、昼?」
「おぅ。そっちも?」
「あぁ。ちょっと上に捕まってな。話し込んでたから」
「あー、詰めの時期だもんな。お疲れ」

くしゃり、と俺の頭を撫でたハチは、それから「天気いいしさ、外で飯、食わないか?」と顎をしゃくった。彼の視線の先には、ふわりと青が溶けだした空が広がっている。商品を受け取っていた俺は、言語を切り替え「おぅ」と返事をした。

「あ、そうだ、兵助。点検の結果はどうだったんだ?」
「多分、明日あたりGoサインが出ると思う」
「ふーん、なら、来週には最終調整か」
「だろうな」
「しばらく、会えなくなるな」
「あぁ」

宇宙へ飛び立つ機体だ。何度も何度も厳しいチェックを繰り返し、ようやく、打ち上げするか否かの審査会が行われることになった。最終の審査会が通れば予定通り打ち上げとなり、ハチは特別な施設に入り、体を慣らすことになる。

「淋しい?」

にやにやと笑っているハチの問いには答えず、穏やかに降り注ぐ日差しの中を少し歩き、芝生の広場に腰を下ろす。柔らかな風に髪が揺れそれを耳に掛けてから、俺は白い紙袋から丸いものを取りだした。ハチはホットドッグらしい。同じように楕円形に包まれたものを紙袋から取り出すと、「いただきます」も言わずに包みを外し、一気に口に押し込んだ。相変わらず豪快な食べっぷりに感心しながら、自分もパラフィン紙を押し下げ、齧りつきやすいようにする。食べる前に、と、緑色をつまむと、目ざといハチに見つかった。

「好き嫌いはよくないぞ」
「……いいの」
「だから、そんなひ弱なんだって」
「うるさい」
「食わねぇなら、くれよ」

パンからはみ出したレタスをつまみ出して紙袋に除けようとしていたら、「あ"ー」と口を開けた。どこか見たことのある光景だ、と少し考えて思い出す。あれだ、ツバメの子どもが餌をねだる姿。こっそり笑っていると、指が食べられそうになる。寸前の所で引こうとしたけれど間に合わず、ぺろり、と舐められた。ちゅ、っとリップ音が指先に響く。

「しばらくハンバーガーともお別れか」

わざと目元に手を当てて泣き真似をし、やたらオーバーに悲しんでいるハチに「そんなにハンバーガーが好きだったか?」と突っ込めば「おふくろの味だろ」と彼が答える。生きてきた年月の半分近くを過ごしたこの国のトランジショナルな食べ物だ。素早く出てきてで腹がそこそこ満たされ、まぁまぁ安い。第二の故郷の味、という意味では確かに正しいのかもしれない。

「まさかハチが宇宙に行く日がくるなんてな」
「悪かったな、出来が悪くて」

むすり、と子どもっぽく表情を変えたハチを慌てて取り成す。

「そういう意味じゃないって」
「じゃぁ、どういう意味だよ」
「ハチが地球を離れると思ってなかったってこと」

自然の生き物なんていないし、と続ければハチも少し考え込むように視線を落とした。指先は芝生を撫でている。それから、「まぁ、緑がねぇ、ってのはなぁ」と言葉を濁らし、おもむろにポケットに手を突っ込んだ。

(何が出てくるんだ?)

その動きに注目していると、「じゃじゃーん」と擬音付きで彼は俺の方に掌を突きだした。暗褐色の小さな粒。ハチが持っていることを考えると、種なんだろう。見たことがあるような気もするけれど、何の種なのかが全然分からなかった。

「何の種、それ?」
「これ? 桜だ、桜」

ざぁぁ、と目の前が薄紅に染まったような気がした。ふるさとを染め上げる桜色。ずっと続く並木道。ひらひらと散っていく花びら。儚さと靱さを持ち合わせた美しい光景。もう、何年も見ていない。もちろん、こっちでも「cherry blossom」を見かけるけれど、何か違うのだ。

「桜って、種があるのか?」
「おぉ。まぁ、増やすのは接木とかだけどな」
「すげぇ、初めて見た。どうするんだ、これ?」
「これ? これをさ、宇宙に持ってくんだよ」

へぇ、と相槌を打っていると、ハチが差しだしていた手を一度握りしめ、俺の手を掴んだ。それから「兵助にやるよ」と俺の掌に分け零そうとする。

「ハチ?」
「これ、餞別」
「選別って逆だろ。旅立つのはそっちなんだし」
「そうだけどさ、ま、いいだろ」

渡そうとするハチの手を俺は「どうせくれるならさ、宇宙に持って行った種がいい」と押しとどめた。

「だからさ、ちゃんと還ってこいよ」
「兵助たちが造ってくれたんだ。還ってくるさ」





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