鉢雷(Homeより数年後)

これ の三郎視点。

待ち受け画面に戻ってしまった携帯電話と睨めっこ。ダウンロードしたアニメーションが落ち着きなく動いている。一定のリズムを刻む点滅は秒針の代わり。とっくの前にラインは途絶えているのはずなのに、まだ雷蔵の声がそこにあるような気がして。

(そんな焦らなくても、今週末には会えるんだけどな)

そう分かっていたけど、気がつけば私は車のキーを握り、家を飛び出していた。

***

郊外を突貫していく高速道路を進むにつれて、乗用車は一台二台と減っていき、周りにトラックが増えてきた。それも、徐々に少なくなっていく。ふ、と緑に発光するデジタルの文字を見て、あぁ、と納得した。もう、夜中に近い時間だった。トイレ休憩は挟んだものの、ほぼ、ぶっ通しで運転し続け、ようやく彼が今住んでいる県へと入った。とはいえ、まだ、だいぶある。

(うー疲れた。休憩すっか……けど、)

緑色のパーキングエリアの看板に疲れた腰が訴えを起こしたのが分かったけど、その次に視界に飛び込んできた彼の住む市の名前にその考えは掻き消される。不意に消えては現れる赤。そのテールランプに導かれ、ハンドルをきり、とぐろを巻いた蛇のようなカーブに車体を滑らせる。息一つする間もなく流れていっているはずの景色は、大半を占める暗闇と変わり映えなく繰り返す橙色の街灯のせいか、あまり動いていないような感覚に陥る。それが余計に、早く雷蔵に会いたい、と急かす気持ちに繋がる。どんどん募っていく気持ちに比例するように加速していたスピードに気付いて、俺は苦笑いを吐きだしながらアクセルを緩めた。

(そういや、前にもこんなこと、あったな)

覚えのある感じに、ふ、と数年前のことを思い出した。働きだすと同時に雷蔵の勤務先の関係で遠距離になってしまった時のこと。慣れない毎日に、互いに自分のことで精一杯で相手のことを気遣う余裕もなくて。途切れがちになってしまった連絡に、どんどん臆病になっていく自分がいた。だが、そのまま消滅するんじゃないか、って思ったら、自然と体が動いていて--------車に飛び乗って、夜の高速を疾走していた。今夜みたいに。

(あの夜がなければ、きっと、私と雷蔵の道は重ならなかっただろう)

幾重にも分岐していく道路みたいに、私と雷蔵の道は枝分かれ、そうして再び寄り添うことはなかった。そんな確信がある。

***

その後も、それなりに、いくつか別れの危機も経験しつつ、その度に乗り越えてきた。雷蔵が声を弾ませて電話をかけてきたのは、数週間前のことだった。「そっちに帰れる」と。もしもし、よりも早い歓喜の声に、嬉しさと同時に愛しさがこみあげてきた。もしその場にいたら、きっと彼を抱きしめていたに違いない。電話だから、できなかったのが残念だ。

「雷蔵の荷物、前のままだから」
「じゃぁ、重なるものはいらないなぁ。どうしよう」
「後輩に譲る、とかできないのか?」

週末に引越センターの手配をしたから、と雷蔵から電話が掛かってきたのは、数日前。その時間帯に家にいるようにする、と答えれば、彼は荷づくりに迷っているようだった。その時は「なんとかなるか」と大雑把に言っていたけれど、そういえば、出て行った時に雷蔵の迷い癖が大発揮(悪い方向で)されたのを思い出して。それで、今日、ちゃんと準備ができたかどうか確認の電話を改めて入れれば、想像通りで。

(で、来たわけだけど、)

最寄りのインターで高速を降り、街道を走らせる。さっきと比べてトラックだけじゃなく交通量が少ない。いや、全くなかった。ぽつん、ぽつん、と思い出したかのように設置されている街灯。全体的に薄暗く、闇に沈み込んでいる家々。何度か来たことはあるけれど、やはり昼と夜とじゃ随分雰囲気が違うように思える。頭の中で道順をなぞりつつも、目はしっかりと青い標識を追い求めながら、少しスピードを落とす。

(まぁ、これだけ車がなければ、後ろから煽られることもないだろう)

目の前に広がる世界と記憶に残る景色の輪郭を重ね合わせつつ、どうにか、雷蔵のアパートに辿り着いた。ゆっくりとブレーキを踏み、路肩に車を滑らせるように止める。大家に怒られるのは、明日の朝一でいい。そう思いながらエンジンを切り、鍵穴から抜いて、ドアを開けて降り立った。それでも、できるだけ音を立てないように、とドアの持ち手をしっかりと押さえながら閉める。それから、ちらり、と二階の東の角---雷蔵の部屋---に、視線を投げる。

(やっぱり、まだ起きてる)

カーテンの隙間から漏れでた光が窓枠の形に浮き立っていた。あの夜みたいに。そう、あの時も、こうやって見上げた。最後になるかもしれない、という暗澹たる気持ちを抱えて。今は違う。口笛を吹いてしまいそうな高揚感を抑えながら、私は錆ついた外階段を昇った。彼の部屋の前に立ち、時間が時間だけに少しだけ迷い、けどインターホンを押した。ぱた、ぱ、ぱたぱた、と乱れたリズムで駆け寄ってくる足音。最初に言う言葉は、決めていた。

「何だか、雷蔵の淹れたコーヒーが急に飲みたくなってな」

扉の向こうで、驚きに満ちていた雷蔵の表情が変わった。世界で一番愛おしい笑みへと。







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