鉢雷(現代)

バラバラだと不経済だから一緒に入ろう、と三郎に言われて、いいよーと特に考えずに返事をした。(その時は雑誌の記事に夢中だったのだ) 寝転がって読んでいる僕の周りで三郎が小躍りしてたような気もしたけれど、お気に入りの映画監督のロングインタービューに夢中で、あんまり視界に入ってなくって。しばらくして、頭上に「らいぞー、沸いたよ」って言葉が落ちてきた。何か柔らかいものと同時に。もう少しで終わりがけのところだったから、目線は文字を追いながらとりあえず返事をする。

「ん〜あと1分」
「なら、先、入ってるからな」

リズミカルな足音が遠ざかっていくのを頭の片隅で感じながらも、僕の心は映画監督の言葉でいっぱいだった。

(あー、満足。満足)

普段、露出の少ない監督なだけに、今回の記事は中々知れない裏話が載っていてすごく楽しめた。転がしていた体を起こそうとして、水色が視界を過った。それを手に取り、さっき頭に被った柔らかいものの正体に気付いた。

(お風呂沸いたって言ってたっけ)

もう一度、紙面の監督の顔をじっくりと眺め、それから見納めることにして、雑誌を閉じた。お風呂上がりにもう一度読もう、と心に決め、バスタオルを抱えて立ち上がる。気分が良いせいか、鼻歌交じりになりながら部屋着を準備し、風呂場に向かった。脱衣所の扉を開ければ温かな靄が僕を出迎えた。電灯に淡く光る水の粒子が一気に廊下へと流れ出ていこうとする。

(あれ?)

かごはすでに一つスウェットが入っていて、そのことが引っかかった。けれど、その正体を思い出せない。ま、いいか。そう思いその灰色の部屋着に自分のそれを重ねる。湯加減を確かめようと、浴室へと続くドアを開けようとして瞬間、さっきの三郎の声が頭の中で弾けた。

(あれ? 三郎、さっき何て言ってたっけ?)

適当に答えたからよく覚えてないけど、一緒に入ろうとか何とか。すりガラスのドアの向こうで、三郎が気持ちよさそうにハミングを歌っている。引っ掛けた指先で恐る恐る開ければ、脱衣所以上に濃いミルクのような白い靄が顔面を襲った。貼りつく生温かさをかき分けると、浴槽の中で気持ちよさそうにたゆたっている三郎と目が合った。

「お、来た来た」
「…ねぇ、」

狭い浴室に「何だい?」と嬉しそうな三郎の声が響き渡った。さっきの小躍りも気のせいじゃなかったらしい。浮かれている所に水を差してしまうのは悪い気がしたけど、このまま流されるのも釈然としないから、念のため尋ねる。

「さっき、なんて言った?」
「さっきって?」
「僕が雑誌を読んでた時」
「経済的だから、一緒に風呂に入ろう」

やっぱりそうか、と思いながらも、僕はなんとか言い訳を並べ立てて断ろうとした。

「不経済って、うちの風呂は後焚きできないからバラバラでも不経済でもなんでもないだろ」
「えー、いいじゃないか。同時の方が湯が冷めないし」
「そうだけどさ……だって、浴槽、せまいし」
「片方が洗っている間、片方が浸かっていればいいだろ」
「待ってる時間にのぼせちゃうよ」
「お湯の温度、ぬるめにしてあるから大丈夫」

僕が後付けする理由をことごとく論破した彼は「それに今日は、登別カルルスだぞ」と僕の方を見やった。その言葉の意味が分からず、楽しげに唇が緩んでいる三郎に「登別って?」と聞けば、さらにその笑みが深くなった。

「ほら、白色だからよく見えないって」

だから大丈夫だ、と力説する彼に「馬鹿」と返す。まだお風呂に入ってもないのに、顔が熱くなって、くらり、とのぼせそうだった。





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