鉢雷(現代)

目覚ましとは違う、電子音が意識の隅の方で鳴ったような気がした。す、っと波に押し出されたみたいに、眠りから覚めるのが分かった。けど、まだ頭の中はぼんやりしていて。薄目のまま、音の正体である携帯を手探りで探す。どの曲にするか迷った末、面倒になってしまっていて、最初の設定のままの電子音は、メールの受信を知らせていた。

(もう、誰なのさ、こんな時間に)

伸ばした手は、ベッドに備え付けられたサイドボード、布団の中、床の上、色々な所を彷徨って。だんだんと手が冷たくなってきた頃、ようやく手に固いものが当たった。どうやら、枕の下に埋もれていたらしい。もう一度降りてきそうな瞼をなんとか励まし、折りたたみ携帯を開ける。ピカピカと人工的な明かりが突き刺さって目が痛い。ぎゅ、と一度閉じて、それからそっと目を開ければ、受信メールボックスには「三郎」の文字。

「なんなのさ、こんな時間に」

思わずもれる愚痴と共に、ワンクリック。

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件名:起きろ!

本文:




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「へ?」

送信者は、確かに彼。けど、何度見ても、件名しか書いてなくて。本文には、何一つ書かれてなくて、まっさらだった。

「空メール? あ、けど件名あったしなぁ……途中で間違えて送信したとか? まだ4時半だしなぁ」

鮮やかな液晶画面が、煌々と照らし出されている。それでもようやく目が慣れてきたディスプレイにあるのは、まだ朝と呼べない時刻。いつもならぐっすり夢の中だろう。放置しようかどうしようかさんざん考えて、何か用があったのかも、と返信ボタンを選ぶ。迷っている間に、すっかりと目が冴えてしまった。このメールがなければもうちょっと眠れたのに、と思うと、さすがに少し苛立ってしまい、その怒りに任せてボタンを叩いたせいか、ちょっと素っ気無い文章になったけど。


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件名:Re.起きろ!
本文:何、こんな時間に。
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件名はそのまま、一行メールを送り、布団の中にもぐりこむ。温かな闇に蕩けそうになっていく体。三郎が寝ぼけて送ってきたのなら、さっさと寝てしまおう、と瞼を下ろそうとした瞬間、掌の中の携帯が震えた。その素早い反応に、自然と送り主が誰なのかは想像ついた。受信ボックスを開ければ、やっぱりある三郎の名前。何か用事だろうか、と思いながらそれを選択してみて。僕はますます混乱した。


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件名:外
本文:




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「はぁ?」

せっかく受信したのに、またしても本文がない。件名も意味不明で。ますます訳が分からなくなる。すぐに返事が来たのだから寝ぼけている、というわけじゃないのだろう。けど、一行どころか件名しかないメールに、三郎が何をしたいのか全く分からなくて。今度は、すぐさま返信ボタンを選ぶ。


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件名:Re.外
本文:だから、何だよ?
   用件、本文にちゃんと書いてよ。
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大した用事じゃなければ、すぐさま電源を消そうと思いながら待っていれば、一分も経たないうちに、携帯がチカチカとライトを振りまいた。メールボックスの件名は途中で切れていた。そんな長い件名があるはずもなく、と予想しながら受信すれば、やはり本文ではなく件名にメッセージが載っていた。


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件名:外、見たらわかる。本文が真っ白の意味。
本文:




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「外? この寒いのに?」

ため息は、氷のように白くなり、透けていった。布団に残る温もりから身を剥がし床に足を付けると、張り詰めた冷たさが走り抜ける。嫌がる体をなだめすかし、三郎のいうとおりに外を見ようと、窓のカーテンを開けた途端、

「雪……」

しん、と静寂が埋もれていた。真っ白な世界が、ただただ、広がっていた。街は、降り積もった雪の中で、静かに眠っていた。 いつの間に降りだしたのだろう。全然気付かなかった。

「真っ白、ってそういうこと、か」

足元からは冷たさが伝ってくるけど、僕の中は春みたいに温かかった。それから、僕は三郎に送り返す文を考え始めた。もちろん、本文は真っ白で。





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