竹久々(Home・同居パロ)
「ハチ、遅ぇ」
「しかたねぇだろ、5人分用意してんだから」
三郎の文句に噛みつきながら、ハチは両手に抱えた丼を机に勢いよく置いた。ふわり、と鰹だしの柔らかい匂いが湯気と共に上りたった。つやつやした醤油色の汁が食欲をそそる。
「うわっ、おいしそ〜」
「だろ…って、何で勘までいるんだよ」
何でってねぇ、誘われたしねぇ、と勘ちゃんと顔を見合わせてると、三郎が「のびるから、先食ってんぞ」と箸に手を伸ばした。その腕をベシリ、と雷蔵が叩く。
「もうちょっと待ちなよ」
「ふやけた天ぷらなんて、天ぷらじゃない。雷蔵だって、えび天はカリカリしてた方がいいだろ」
「そうだけどさ…」
ため息混じりの雷蔵に「俺はふやふやな方が好きだな」と勘ちゃんが呟いた。
「じゃ、それ勘のな。次、すぐ運んでくるから、待ってろよ」
「急げよ。30秒だ」
「あのなぁ。なら、こたつで寝転がってねぇで、手伝えよ」
丼がでかいから3つは大変なんだよ、とぼやくハチに「手伝う」と俺はこたつを抜け出した。
***
「鍋、熱いから、気をつけろよ」
「あぁ」
普溜まり場とはいえ、さすがに丼は5つもない。どうしようか、と見回し、シンクの横に伏せてあったお椀を使うことにする。ハチはというと、隣でネギを刻んでいた。まかないが美味いという飲食店でバイトを始めたハチは手際よく量産していく。
「なんかさ、小学生の頃、思い出す」
「小学生?」
「そう。俺ん家、夜更かしできるの大晦日だけでさ」
ザルに揚げられて水をきっていた蕎麦はすでに、引っ付き気味だった。菜箸でそれと格闘しながら「それで」と相槌を打つ。
「すっげぇ、はしゃいでさ。…まぁ、紅白が終わる頃には寝てんだけど、とにかくワクワクしてさ何かそんな感じ」
「あー分かるかも」
お玉を手に取り、鍋から掬って、丼とお椀にだし汁を入れていたハチが、ふと、呟いた。
「けどさ、よかったのか?」
「何が?」
「家、帰らなくて」
バイトも入れてなかったんだろ、と続ける彼に「あーさっき電話したからさ」と返す。去年までは家族と過ごしていて今年も当然、と思っていた母親はギリギリまで帰省を促していて。所構わず携帯に電話してくるもんだから、ハチらには衆知の事実だった。まだ何か言いたげなハチに笑いかける。
「こっちで友達と年越しするって言い張る俺と母さんの間に、ばぁちゃんがさ入ってくれたんだけどさ、」
「おぉ」
「『普段聞き分けのいい兵助がそこまで言うのだから、余程、素敵な人たちなのね』って」
ほこほこと優しい匂いが漂う中、ハチは「いい、ばぁちゃんだな」と微笑んだ。
「あぁ。お前たちと、ハチと出会えて、本当に良かったよ。最高の一年だった。ありがとうな」
「俺も。来年も、よろしくな」
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