文仙

※やや、薄暗い

居たたまれない任務、というものがある。学年が上がるにつれ、実戦形式の実習が増えて、衣にこびり付いた鉄錆の臭いどころか、忍刀や苦無で相手の肉を穿つ瞬間に覚える掌にのめり込む衝撃ですら慣れて。己が命の灯を断ち切ることなど、もはや珍しいことでもなんでもないことだった。殺伐とした心は、哀しみなどに浸る暇もなく、感傷は日々の中で流されていく。それでも、どこか割り切れない、釈然としないものを抱える瞬間があるのは事実だった。

帰り道、仙蔵は一言も喋らなかった。互いに抱えたやりきれなさは、けれども、言葉にした所で慰めにすらならないことを俺らは知っていた。しんしんと積もっていく沈黙を振り払うこともせず、ただただ、俯いて足を前に出すことだけを続ける。それだけが、今の自分にできる全てであり、それだけしかできなかった。ふ、と触れ合いそうで交わらぬ位置にずっとあった仙蔵の影が消えた。振りかえれば、数歩後ろで仙蔵が屈みこんでいた。

「どうした?」
「鼻緒が切れた」

この度の相手を取り入るために仙蔵は女のなりをしていた。楚々として足を運ぶ姿は艶めかしく、遠目どころか傍にいても、その匂い立つ色香に騙されるだろう。実際、今回の任務の成功は仙蔵の女装なくしては成り立たなかった。そんな格好だ、当然、足元も華やかな朱塗りの下駄をはいていた。よくよく見てみれば、誘うような白い足を盤面に縫いとめるための鼻緒が、ぷつり、と切れていた。「見せてみろ」と仙蔵へと手を差し伸べるが、奴はにべもなく「いい」とはねのけた。

「直してやるって」
「それくらい自分でできる」
「けど」
「構わぬ、先に行け」
「今、俺とお前は夫婦なんだ。置いていったら不自然だろうが」
「もう、追手も来てないだろうが」

押し問答になってしまったことを嫌うかのように、仙蔵の声がきつくなった。意固地になっているせいか、その視線は俺の方ではなく下駄だけに向けられている。「貸してみろって」と仙蔵の足元から下駄を奪おうとすると、駄々をこねるように首をかぶり振った。

「文次郎っ」

悲鳴にも似た甲高さが耳をつんざく。こんな不安定な状態のまま、放っておくわけにはいかなかった。俺よりも細い腕を掴むと、睨めつける視線とぶつかる。けど、それを無視して、俺は仙蔵を抱き寄せた。骨が軋むくらい、きつくきつく。気のきいた言葉すら掛けることのできない自分の無力さを呪いながら。






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