雑伊
天球につがえられた弓から放たれる光の矢は、息を飲む間に闇に吸い込まれる。幾筋も幾筋も尾を引いて、落下する星。あれは、いったい、どこに消えてしまうのだろうか。呑みこまれるように失われる光は、いったい、どこへ。
「美しさは、時として、禍々しいものさ」
「え?」
「私の村では、星が流れる事は不吉だとされているのさ」
耳元を掠めた声は、ひどく小さく、けれども静寂を打ち破るには十分だった。天に縫いつけられた視線を引きはがし、隣にいる彼を見やる。黒衣の中に映える白の包帯は少し緩んでいた。伸ばしたくなる指先の衝動を、手を握りしめることで堪える。時々、わからなくなる。-------この人との距離が。
「不吉なこと?」
「そう。星がたくさん流れれた年は、戦や疫病で、乱世になると」
怖い話だね、と雑渡さんは、たいしてそうも思ってない口調で続けた。けれど、その淡白な物言いが恐ろしいほど真実味を帯びていて。「そんなの迷信でしょう?」と尋ねる声が自然と震えるのを、抑えることができなかった。雑渡さんは、その僅かに見える眦を解かせて「そうだね。迷信だよ」と笑った。
「怖いのは、別に迷信とかじゃないよ」
「え?」
「本当に怖いのは、人の心だよ」
「雑渡さん?」
「伊作くん、わたしはね、生まれてきちゃいけない子どもだったんだ」
雑渡さんの瞳を研鑽された光が駆け抜けた。どこかで、また、ひとつ星が流れ、そして闇に呑まれたのだろう。僕は、何一つもってなかった。慰める温もりも、否定する唇も、労わる指先でさえ。あんなにも知りたいと希っていた彼の過去が語られようとしているのに、それを知ることが怖くて。ただ、耳を塞がぬようにしているのが、今の、僕の精一杯で。そんな僕に気付いたのか、雑渡さんは緩やかに微笑んだ。
「ごめんね。伊作くんに、そんな顔、させたかったわけじゃないのに」
流れ星が僕を貫いたなら、その痛みに泣けるのに。雑渡さんの代わりに、泣けるのに。雨のように降り続けているそれは、僕に届く前に闇に消えてしまう。だから、僕は泣くことすらできず、ただ、「雑渡さん」とその名を呼んだ。
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