竹久々

※ひめはじめ。気持ちR15以上で。

もう、戻れない。

ぱたり。か細き焔は彼の息吹によって、掻き消された。急に光明が断たれたものだから、瞼裏にチカチカと火の粉の影が遷ろう。蝋燭の芯に含まれる動物の焼ける臭いに鼻が慣れる頃、ようやく闇の拡散に視界が追いついた。

「はち」

暗がりにその輪郭を探すと、柔らかに空気が揺れた。冥みを割って現れた手が俺を引き寄せる。その力強さとは裏腹に「兵助」と俺の名を声が、震えているような気がして。俺は額をハチの胸に押しつけた。それから、そのまま手を回し、いつものようにハチの背中の窪みを指先で確かめる。ハチに抱きしめられるたびに、つい、してしまって、癖になってしまっていた。知らず知らずのうちに俺の指先には刷り込まれている。衣越しに感じる形も、温もりも。けれど、よく知っているはずのそれが、今日は、なぜだかいつもと違う気がした。彼の胸の奥に棲む音が、嵐のように耳を支配する。ごぉごぉと逸るのは血のめぐりか、それとも呼吸のそれか。-----どうしようもなく、触れたかった。この世で一番近しい場所にいたかった。

「兵助」

耳朶に熱情が走る。囁くような潜まった声だというのに、直接、体に響くような感覚。俺の頭を抱えていた大きな手はそのまま髪を梳くようにして降りてゆく。ごつりとした骨々しい指が首筋からゆっくりと顎にかかり、ふ、と視線が絡み合う。ぬらぬらと欲情に滾る瞳は、今まで見たことのないもので。普段とは違う表情に、一瞬だけ、怖くなって。背中に回した指先で、たるんだハチの衣を、ぎゅ、と握りしめる。

「兵助?」

さっきの甘ったるいものとは違う、困惑する声に、薄暗さの中でも何となくわかった。ハチが下がり眉で俺を見つめているのが。「やっぱ、止めとくか?」と凪いだ声に慌てて頭をかぶり振る。

「いや、大丈夫だから」
「けど」

もう戻れないところまで来ているというのに、まだ躊躇うハチがじれったくて。俺は蕩けそうなほど熱を帯びた唇を首筋に押しつけた。

「はちの、一番近くに、いきたい」





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