鉢雷(現代・忍フェス無配)

 
足下に滴り落ちた水はあっという間に海へと変わってしまった。傘があったから大丈夫だろう、と思っていたけれど、こうやって室内の灯りの下に立てば、案外、濡れ鼠になってしまっていた。だが、これ、とタオルを手に三和土に戻ってきた三郎は僕以上にびしょ濡れで。サイドの髪束の先端に溜り膨れあがった水滴が重みに負けて、彼の体を叩くのを見て「先に拭いてこればよかったのに」と言ってみたものの、案の定「私は、後でいいから」と返された。彼がこんなにずぶ濡れになってしまったのも、小さな傘の半分以上を、僕に譲ってくれたからだというのに。

雨の、という声が僕の耳を掠めた。え、と顔を上げた僕の視界を、ふわっと白が過ぎった。もう一度「雷蔵から雨の匂いがする」と三郎が言葉を重ねてくれたけれど、僕が感じることはなかった。三郎に覆い被されたタオルからは彼がどこからか見つけてきた柔軟剤の優しい匂いがするばかりだった。

やがて「雷蔵が風邪を引いたら、困る」という言葉と共に、僕を包み込んだのは温かな重みだった。わしゃわしゃと掻き撫でる手は、すごく心地よくて。このまま、雨と一緒に溶けていってしまうんじゃないか、って思ってしまう。それでも、ずっと、こうしていたい、と。

でも、いちいち「雷蔵の髪はふわふわして気持ちいいな」だなんて口にするものだから、ちょっと気恥ずかしくて。上昇していく熱を誤魔化すために「馬鹿なこと言ってないで、三郎も早く乾かしなよ。風邪引いちゃうだろ」と口を尖らせてみる。
すると、さっきまで、感じていた三郎の匂いは、重みは、熱は、消えてしまった。そこにあるのは、ただ、真っ白な世界。タオルに仕切られてどんな面立ちを三郎がしているのかは分からない。けど、傷つけてしまったんじゃないか、って思ったら胸が軋んで。どうしようもなく泣きたくなって。けど、

「風邪を引いたら、雷蔵に看病してもらうから、大丈夫」

真っ白な世界に、す、っと色が割り込んできた。いつの間にか、タオルの裾を掻き分けるようにして三郎がその白の世界の内側に入り込んできていた。馬鹿、って言おうと思ったけれど、光に透かしたビー玉みたいにきらきらした目をした三郎の唇に塞がれてしまった。抱きしめられた温もりに、僕はようやく雨の匂いを感じた。





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