5年


「天体観測かー」
「まるでどっかのバンドみたいでしょ」

嬉しそうにしている勘ちゃんに自然と僕の心も浮き立つ。小学校以来だな、とテンションが高そうなハチに「そういえば、昔、そんな宿題あったね」と。あとは五人分の靴音が響くだけだった。そのうち二足の足音だけが妙に重たく聞こえるのは、寒がりの代名詞といっても過言じゃない二人のものだからだろう。喋ることで冷たい空気が体内に入ってくるのもごめんだ、とばかりにマフラーをぐるぐると巻いて口元を覆っていて、さっきからちっとも会話に混じってこない。三郎に至っては耳当てまで用意しているのだから、ちょっと笑ってしまったけど。

「あー、けど、やっぱ夜は寒ぃな」
「ハチは全然寒そうに見えないんだけど」

ようやくぼそりと呟きを落とした兵助に「マジ、春、どこ行ったんだよ」と三郎が悪態を重ねる。三郎みたいに完全防備をするのはどうかと思うけれど、確かにもうすぐ四月だとは思えないほど、めっきりと冷え込んでいる。時々、吹き抜けていく風にぴりぴりと頬が痛んだ。

「で、何、見に行くんだっけ?」
「ハチ、それも知らずに来たのか?」
「だって、みんな来るっつうから。兵助こそ知ってるのかよ?」
「いや?」

脱力したハチが「何だよそれー」と吠える傍で兵助はどうしてそんな態度を取られるのか分からない、といった面立ちでこっちに疑問を向けてきた。何となくハチの気持ちが分からなくもなかったけれど、兵助に説明するのはそれはそれで大変そうだなぁ、と、何て言うべきか言葉に迷っていると三郎が助け船を出してくれた。

「あれだろ、金星と月と木星が並ぶってやつだろ」
「あ、鉢屋、知ってのか?」
「ネットのニュースで見かけた」
「なるほど。で、どっち見ればいいんだ?」
「さぁ、そこまでは知らない」
「意味ねぇじゃん」

悪かったな、とふて腐れる三郎を「まぁまぁ」と宥めてから勘ちゃんに「それで、どっちを見ればいいの?」と訊ねる。すると、それまで軽やかに刻んでいた彼の足音が不意に潜まった。アスファルトを跳ねていた影が動かなくなる。--------ぴたり、と立ち尽くした勘ちゃんの表情は、よく暗がりのせいでよく見えなかった。

「あのね、実は、見えないんだ……実は、昨日の日没後、三時間くらいが一番綺麗って」

おちゃらけようとして、でも、失敗してしまったんだろう、声が震えて聞こえる。翳っていてよくは分からないけれど、ただ、怒られるのを怖れるような迷い子みたいな目をしているような、そんな気がした。けど、それに気づいたのは僕だけだったのだろうか、ハチと三郎から非難の声が上がる。非難といっても、仲間内特有のものだったが。

「は?」
「あのさ、勘右衛門くん、今、何時何分か分かってましゅかー?」

わざとらしい言い回しに、すぐに「うわ、鉢屋、うざ」と兵助の突っ込みが入ったけれど。そこに重ねるように「絶対、こいつ、小学校の時にさ、何時何分何秒地球が何回回ったらとか言ってそうだよな」なんてハチが茶化すものだから、「あー、そんな感じする」って流されるままに勘ちゃんも返事をしてしまって。さっきまで目に留まっていた昏い闇は夜に溶けてしまった。

「だろっ!?」
「あ、それ、僕、聞いたことがある」
「やっぱりな! 絶対、言ったことあると思ったんだよな!」
「雷蔵っ! ……じゃなくって、勘右衛門、お前、何で呼び出したんだよ。見れねぇって分かってたんだろ?」

久しぶりの勘ちゃんからの一斉送信。メールくれた地点で、十二時前だったのだ。最初から無理と分かって誘ってきたのだろうか、と思って勘ちゃんを見遣れば「ごめん」と謝りの言葉と共に彼は肯定した。

「この時間じゃ、さっき言っていたやつは見れないって知ってた」
「じゃぁ、何で、誘ったんだよ」

ハチの問いかけに、勘ちゃんは息をゆっくりと送り出すようにして呟いた。

「……見たかったから」
「え?」
「みんなと、星、見たかったから」

凜とした声は星さえも震えさせてしまいそうなほど、まっすぐに響いた。けれど、その面立ちはどことなく申し訳なさそうで、今にも「ごめん」と謝り出しそうな勢いを感じた僕は「僕も見たいよ」と止まった勘右衛門の元へと歩み寄る。続いて「まぁ、ここまで来たんだし、見に行くか」と三郎が唇を引き上げた。「え、でも」とまだ戸惑う勘ちゃんに「せっかくなんだし、やろうぜ、天体観測」とハチが乗ってくれて、兵助が「卒業記念にな」と笑いかけてくれる。

「ま、卒業記念ったって、卒業してからもう一ヶ月も経つんだけどな」
「また三郎はそんなこと言って」
「まぁ、そう言ったって三郎が一番楽しみにしてたと思うけど」
「ってか、まだ一ヶ月も経ってねぇぜ」
「ハチ、お前にドヤ顔されるとムカツク」
「はぁ? ドヤ顔なんてしてねぇし」

くだらない会話が心地よく感じるのは、きっと、いつものことだからなのだろう。

(本当、いつもと変らないよね)

変らない、いつもの続きの今日。けれど、きっと、僕たちは今日という日を忘れないだろう。延々とくだらない会話ばかりで天体観測って呼んでいいのかわからない、そんな夜のことを。流れ星があるわけでもない、特別な天体ショーがあるわけでもない、ただただ、いつもと変らない星空のことを。そんな星空に響く、僕たちの笑い声を。-----------それは、これからも続くであろう日々を照らす、小さな小さな光のような気がした。


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三郎の日、おめでとう!!!




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